57.協力体制
ヘルマンの言葉に、私とレオンは唖然とした。
「皇帝……? 正気に戻したいって……。あ!」
「そういうことか」
そして、2人で同時に理解した。
スフェラを当面の敵として認識するばかりで、もう片方の邪神がやらかしたことを忘れかけていたのだ。
邪神ヴィリロス。こいつもそうとうな邪悪だ。魔人族をそそのかし、ヒト族の国と戦争をするきっかけを作り出しているのだ。
『邪神ヴィリロスは魔人族の王を洗脳している』とレオンから聞いた覚えがある。
つまり、現皇帝がキングオブヒャッハー民族になっているのは、すべてヴィリロスのせいなのだ。
「皇帝がおかしくなっていることに、あなたたちは気付いていたってわけね」
「あなたたちも知っていたのですか。それも予言の力ですか?」
ヘルマンは目を細めて私を見やる。
私はレオンと一瞬だけ目を見合わせてから、ヘルマンさんに向かって頷いた。
「そう。スフェラとヴィリロスは競い合っているの。彼らはヒト族と魔人族を争わせようと様々な工作をした。そのうちの1つが魔人族の国の皇帝の洗脳」
「洗脳……?」
ヘルマンたちは、そこまでは知らなかったようだ。
エリックも、ヘルマンも、目を丸くしている。
「つまり、皇帝の様子が突然変わったのは、すべて神のせいだった……というわけですか」
「ちっ、えげつねー神サマたちだな」
私はレオンの顔を見た。
「レオン。皇帝の洗脳ってどうしたら解けるか、知っている?」
「経験がない。だから、他の方法は思い付かない。確実なのは、ヴィリロスを滅することだろう」
「おいおいおい。あっさり言ってくれるな。神を殺そうだなんて。あんたら想像以上にイカれてやがるな」
「我々だって、スフェラを滅することを望んでいました。殺す神が1柱増えた、というだけでしょう」
エリックは顔をしかめて、ヘルマンはやっぱりクールな面持ちでさらっと流している。
私はしゃがみこんで、ヘルマンさんと目線を合わせた。
「あなたたちはスフェラを滅ぼす方法を知っているの?」
「あ? 知らねーよ。知っていても、てめーらに教えるわけがねーだろ?」
「エリック」
一言で咎めてから、ヘルマンさんは私に視線を移す。
「もし知っている、と答えたら。どうしますか?」
「それを教えてほしい。その代り、私たちはヴィリロスを倒す方法を教えてあげる」
その言葉にヘルマンさんは目をつぶった。
考えをまとめているのだろう。
そして、ゆっくりと目を開く。
「いいでしょう」
「おい、旦那!?」
「皇帝は……昔のヴォルフ様はあのような方ではなかった。私はヴォルフ様を救いたい……どんな方法をとっても」
ヴォルフ様、とその名を呼ぶ時、ヘルマンの声はいつくしむような響きをまとっていた。
皇帝と臣下だから、という関係だけでない。両者の仲にはもっと複雑なしがらみが存在するのだろう。
今度、詳しくお聞きしたい。2人の関係性と過去編の内容によっては、薄い本が製造できそうだ。
と、そんな話は置いといて。
ヘルマンは私に冷徹な目を向ける。
「私たちが知っていることを話しましょう」
「同盟成立、だね」
こくりと頷いて、私は手を差し出した。
その手をヘルマンは怪訝な視線で見やる。
「その手は何でしょうか」
「私の生まれた所では、こういう時は握手を交わすものなの。魔人族の国ではちがうのかな?」
「後ろの騎士様は殺意をこめた目で我々を睨んでおりますよ。そちらの反応の方が普通でしょう。もし私がその無防備な手を切り裂いたら、どうするのですか」
「『俺たちのことを信用してもらいたいなら、まずは俺たちが相手を信用するべきだよ』私の大好きなゲームに登場する、勇者様の台詞だよ。ね、レオン?」
「確かに何度も聞いた覚えがあるな」
私と目が合うと、レオンは殺気をすーっと薄めた。複雑そうな表情で頷いている。
まあ、レオンは何度もループしてるからね。勇者たちとの会話パターンはあらかた回収しつくしちゃっているんだろう。
私とレオンのやりとりを、ヘルマンさんは静かに見やっている。
そして、呆れたように肩をすくめてから、
「つくづくあなたは不思議な方ですね。予言師ルイーゼさん」
と、私の手を軽く握るのだった。
「ルイーゼ!」
ヘルマンたちが投獄されている牢を後にして、私たちは勇者一行が待機している部屋へと向かった。
扉を開けると、暖かい眼差しが私に降り注がれる。
ある者はホッとした顔で、ある者はパッと顔を明るくして。私の方へと駆け寄って来た。
「もう体は大丈夫なのか?」
「ユーク様、皆さま。ご心配をおかけしました」
私はみんなに向かって、ぺこりを頭を下げる。
コレットは私の腕に抱き着いて、にこにこ。イグニスはホッとした面差しで頬をゆるめている。アイル様が複雑そうな表情で私とレオンを見やっているのは、少しだけ気になるけれど……。
あらかた喜び合ってから、私は本題を切り出した。
「実は眠っている間に、新たな予言を授かりました」
その言葉に皆が息を呑む。真剣なまなざしで私のことを見据えた。
「邪神を滅するためには、魔人族の国――ディートヘルムに潜入して、魔剣を入手しなければならないようなのです」
邪神は邪神でも、ヴィリロスの方じゃなくてスフェラのことなんだけどね。
その点については、今は口をつぐませてもらおう。
「魔剣……?」
と、勇者たちは驚いて、目を瞬かせている。
私の言葉に不愉快そうに眉を寄せたのは、たった1人だけだ。
「何寝ぼけたことを言っている。邪神ヴィリロスを滅するために必要な剣なら、ここにある」
と、ゼナはユークの持つ剣を指さした。
「勇者にしか扱えない聖剣。これこそが邪神を滅する唯一の力だ」
「確かにユーク様の持つ聖剣は絶大な力を宿しています。しかし、ヴィリロスはスフェラの聖剣に対抗するために、1振りの剣を作り出したのです。その魔剣が正しき使用者の手に渡る前に、我々の手中に収めておくべきだと私は思います」
邪神を滅する方法は、実にシンプルだった。
ユークの持つ聖剣があればヴィリロスを倒せる。そして、魔人族の国にある魔剣があればスフェラを倒せる。
つまり、私たちと魔人族が協力して、2本の剣を手に入れることができれば、邪神2柱をどちらも倒すことができるのだ。
ユークとエレノアは目を丸くしている。
考えこむような沈黙が辺りに流れた。
それから、エレノアがこくんと頷いた。
「スフェラ様の神託には、そのようなお言葉はありませんでしたが……でも、ルイーゼさんの予言はいつでも正しかった。私はあなたのお言葉を信じます」
「ルイーゼがそう言うんならそうなんだろう。俺も信じるよ」
この2人の発言はパーティーにおいても重要な意味を持つ。他の仲間たちも彼らに追従するように頷いている。
その中で、疑心を強めているのはゼナだけのようだった。
「はっ、またハッタリ予言か?」
「ゼナ!」
ユークが咎めるように声を上げる。
だが、ゼナは言葉を止めなかった。
「お前のハッタリにはもう騙されない。ルイーゼ、お前……何を企んでいる?」
射抜くような視線から、私をかばうようにレオンが立った。
「ゼナ。彼女の予言はすべて本当だ。今までだって、ルイーゼが間違えたことはないだろう?」
「ああ、お前はいつだってルイーゼの味方をするだろうな。黒騎士レオン。だが、それも当然だろう」
レオンと対峙しても、ゼナの勢いは止まらない。
もうすべてわかっているのだぞ、と力強い言葉で言い切った。
「お前のように堅実な男が、恋人の言葉を疑うはずがないだろうということはな!」
『………………は?』
え? は? なに……?
思考が止まった。
ゼナの言った言葉がその瞬間、本気で理解できなかった。
それはレオンも同じようで、私と一緒に愕然としている。
「え……? あれ? ちょっと待って、ゼナちゃん……今、何て言った?」
「お前のハッタリにはもう騙されないと……」
「ごめん。その後」
「レオンがお前の味方をするのは、お前たちが恋人だからだろう、と言ったことか?」
「え……ええー……」
動揺に次ぐ動揺。
そして、唖然。
間の抜けた沈黙が通り過ぎる。
彼女の言葉がようやく浸透して、私たちは同時に声を張り上げた。
「な、何言ってるの!?」
「ない! 断じてありえん!」
「ないないない! レオンルートとか! いつフラグたったの? って感じだし!」
「なぜ、俺がこんな女と!」
「こんなって何!? それは私の台詞だよ! 私だって、あなたみたいなぶち切れる度に殺気振りまいてくるおっかない男……!」
と、私たちが慌てて弁解していると。
「え、ちがったのか!?」
驚きの声が上がった。その主は勇者様だ。
いや、彼だけでない。
他の仲間たちも「何を今さら」みたいな顔で、私とレオンを見やっていた。
「ワシもてっきりそう思っていたが」
「いつも一緒にいるものね」
「よく2人でこそこそ話してるもんねぇ」
ゼナが頷いて、鋭い顔で私を見やる。
「お前がさらわれた後のレオンの様子で私は気付いた。この男、そうとうお前のことが心配だったようで……」
「言うな!」
その言葉にレオンが真っ赤になった。
いや、そこで赤くなるのは悪手だから……。
と、思いつつも、私もじわじわと熱が這い登ってくるのがわかる。
そこでアイル様が大きくふらついた。魂が抜けたような顔でその場に崩れ落ちる。それをすばやく支えたのはイグニスだった。
「アイル様!? 気を確かに!」
「そうだったのか……レオン……ルイーゼ……」
コレットは涙目で私に詰め寄って来る。
「嘘でしょう、ルイーゼ! だって、私、そんな話、聞いたことないけど!? 親友の私に話してくれていなかったなんて……!」
「ちがうちがーう!」
「ありえん! 誤解だと言っているだろう!」
一気に騒然とする室内。
私は必死で弁解しながら、途方に暮れていた。
なんでこうなっちゃったの。
というか、魔剣の話はどこいった。




