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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第5章 推しとラブコメしています

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56.守りたい人がいる


 私の言葉にも、ヘルマンは冷淡な態度を崩さなかった。

 感情の薄いヘルマンとは対照的に、エリックの反応はわかりやすかった。舌打ちをして、顔をしかめている。


 私はゆっくりと言葉を継いだ。


「あなたと話していて、わかったことがあるの。あなたはスフェラの浄化を何としてでも食い止めたいと思っているんでしょう? だから、私を拷問して情報を聞き出そうとした。でも、それは自分じゃない誰かのためにやっているんじゃないのかなって、私は思ったの」


 ヘルマンは静かに私を見つめて、続きを促してくる。


「それを証拠に、私が『あの人のためなら何でもする』って言った時……あなたは複雑そうな顔をしていたもの。まるで私の思いに共感するかのように」

「それを聞いて、どうしようと言うのですか?」


 どこまでも冷徹な声でヘルマンさんは問いかける。


「魔人族の問題は、あなた方には関係のないことだと思いますが? それに、どう答えようと私たちの処遇はすでに決まっているのでしょう」

「うーん……私、交渉とか苦手だから、ずばっと言っちゃうね」


 私は左右を見渡して、他に人がいないことを確認した。勇者たちは今、別の部屋で話し合いをしている最中らしい。好都合だ。これから先の会話は、勇者たちには聞かれたくないことだから。


 それからヘルマンさんと目を合わせて、きっぱりと告げる。


「私とここにいるレオンは、スフェラの暴走を止めたいと思っているの。それはあなたたちも一緒でしょう? でも、勇者たちは女神を聖なるものと信じこんでいる。実はスフェラは邪神で、世界を破滅させようとしているんです、なんて話を簡単に信じてもらえるとは思わない」

「何が言いたいのですか……まさか……」

「うん、そのまさか」


 私はニヒルに笑って見せようとして、恐らく失敗した。

 唇の端をちょこっと痙攣させただけみたい。その証拠に、レオンが呆れた視線で私を見やっている。

 悪役ムーブって難しいね。と、それはともかくとして。


「私たちと協力して、女神の暴走を止めてほしいの」


 すると、ヘルマンは少しだけ唇の端を歪めた。


 わお。お手本のようなニヒルな笑顔。そうです、それです、私がさっきしてみたかった顔。美形な男がするとものすごく似合っていて、かっこいい。

 ヘルマンは皮肉気に告げる。


「何も知らぬ勇者たちを出し抜いて、というわけですか?」

「出し抜くというか……いろいろと裏で動き回って、うまいことルートを開通できたらいいなーって感じかな」

「ルート? 開通?」


 頭に疑問符を浮かべるヘルマンに、レオンが解説する。


「オタク用語だ、気にするな。つまり、俺たちでフラグを管理して、新しいエンドを解放しよういうことだ」

「レオン、それもオタク用語」


 レオンは無言で顔をしかめている。

 オタク文化に侵食されつつある黒騎士……。


 ヘルマンの反応を伺うと、さすがに呆気にとられた様子だった。


「勇者に真実を話す前に、敵であった我々を頼ろうというのですか? なかなかに質の悪いやり口ですね」

「うん。私もそう思う。でも、勇者に真実を話すっていう選択肢は、すでに何度も試したけどバッドエンドにしかつながらないの。今はセーブポイントからやり直して、別の選択肢を模索している最中ってわけ」


 ヘルマンはますます意味がわからないという顔をしている。


 ごめん。オタク用語を使わないと、まともに会話できないのは私だった。

 つまり、レオンと話している時もずっとこの調子で、そのせいでレオンがオタクに染まっちゃったんだな……。何というか。ごめんとしか言えない。


 その時、「はっ」と鼻で笑う聞こえた。

 エリックだ。

 片眉を上げて、バカにしきった面持ちで私のことを見ている。


「仲間が来た途端にずいぶんと強気だな、嬢ちゃんよ。さっきまでおもらし寸前の顔で震えてやがったのによぉ。ああ、あの顔はなかなかにそそられたなァ……。あそこで邪魔が入らなきゃ、もっとお楽しみが待ってたってのに、惜しいことをしたぜ」


 私の脳内を、先ほどの光景と恐怖が通り過ぎていく。

 体が一気に冷えて、動けなくなってしまった。


 その時、小さな金属音が聞こえた。

 心臓を突き刺すほどの冷気が背後から漂ってくる。


「もう一度、下種な口を開いてみろ。その瞬間、首をはねる」


 その声はひどく冷静なのに、圧倒的な迫力がこめられている。


 レオンが開いた瞳孔で、エリックを睨み付けていた。その手は腰の剣に触れている。次の瞬間には鞘から抜き放って、言葉通りの行動をとるだろうと。そう確信できるほどの殺気と威圧感が周囲に振りまかれる。


 エリックも怖いけど、ぶき切れレオンは更に怖いよ……!

 もちろん、殺気を向けられているのは私じゃないんだけど。


 前に一度、レオンに殺されかけた時のことを思い出す。あの時のレオンは、アイル様を守ろうとして必死だった。

 そして、今は……?


 そういえば、イグニスが前にこう言っていたっけ。『レオンは真面目だろ? 自分の主君が危険にさらされたりすると、たがが外れるんだよ』って。


 レオン、さっきはごちゃごちゃと言い訳していたけれど。私のことを「守るべき人物」だと認識してくれているってことなのかな……。

 それは嬉しいけれど。


 とにかくこれじゃあ話し合いなんてできる雰囲気じゃないので、私はおずおずと声を上げた。


「レオン……抑えて」


 レオンがハッとして、濃密な殺気がすーっと消えていく。気まずそうに視線を逸らした。


「勘違いするな。別にお前のために怒ったわけじゃない」


 ツンデレ定番台詞、きたこれ。でも、今は萌えよりも安心感の方が強い。

 ぶき切れモードのレオン、本当に怖いんだって!


 一方、ヘルマンもエリックをたしなめている。


「エリックも相手を無駄に挑発するのはやめなさい。こうなった以上、私たちに選択権はありません」


 それから、私たちの方へ冷静に向かい合った。


「いいでしょう。私たちの目的をお話します。私は……いえ。今、この城塞にいる魔人族は、スフェラの暴走を止めるということとは別に、もう1つの目的をもって行動しています。それはある人物を正気に戻すこと」


 ヘルマンは厳かな声で、その名を告げた。


「彼の名は、ヴォルフ・ファン・ディートヘルム――魔人族の国を治める、現皇帝です」


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