54.聖女様の機転
「アイル様!」
複数人の足音が近づいてくる。
部屋に飛びこんで来たのは、2人の騎士の姿だった。
黒騎士レオンと、白騎士イグニス……!
そこから先の展開は早かった。
2人の人物が跳躍し、抜刀。
剣をヘルマンとエリックの首元へと押し当てる。レオンとイグニスは息の合った動きで、あっという間に魔人族を制圧してしまった。
部屋の外からは激しい戦闘音が聞こえてくる。どうやら、他の仲間たちが魔人族と戦闘をくり広げているらしい。
私は何が何やらわからず、目をぱちくり。
アイル様の顔を見て、距離が近すぎることに恥ずかしくなって、ぱっと目を逸らした。
「あ、アイル様……。これはいったい……どうして私の居場所がわかったのですか?」
「それは彼女のおかげだ」
と、アイルが答えたと同時。
「ルイーゼさん! 無事だったのですね!」
そんな声と共に、エレノアが部屋に飛びこんで来た。
私の姿を見て、ほっと胸をなで下ろしている。
そんな彼女の元に、光の妖精が近づいていく。エレノアの胸元に溶けこむようにして消えていった。
「エレノア様! その妖精は……?」
「勝手なことをしてすみません。でも、ルイーゼさんの身が心配で……。妖精の1人を、あなたの元に忍びこませておいたのです」
え、いつの間にそんなことを!?
記憶をたぐり寄せてみる。
そういえば……
ゼナちゃんの誘拐阻止計画の前に、私はエレノアに祈ってもらったんだっけ。そうか。きっと、あの時に。
「エレノア様……ありがとうございます」
お礼を言う私の声は、震えてしまっていた。
あ、どうしよう。
今さらになって、ものすごく怖くなってきた……。
震えが止まらないし、体がひんやりと冷えていくのがわかる。
そして、熱くなっていく目元。
だめ! 我慢しないと! こんなところで泣いたりしたら……!
そう思ったのに止まらない。
怖かった。
1人で魔人族に誘拐されて、拷問までされかけて。
ものすごく怖かった……!
「う……っ」
ぽろぽろと涙があふれてくる。
そんな私を温かな体温が包みこむ。
アイル様が私の体を優しく抱きしめてくれていた。
「怖かっただろう。もう大丈夫だ」
穏やかな声で、アイル様が言う。
こんなのずるいよ……。
惚れちゃうよ……。
いや、もうすでに沼の底の底まで堕ちてるんだけどね……。
+
そのあと、魔人族のアジトはあっという間に勇者一行に制圧された。
突然の襲撃だったし、今の勇者一行は戦力的にも割とチート気味だ。ゲーム知識を知り尽くしている私によってさくさくレベリングしてきたし、本来仲間にならないようなキャラまで味方に付いてるし。
アイル様の胸で存分に泣いた私は、ようやく恥ずかしい気持ちが湧き起こって来て、下ろしてもらった。
そのあとはコレットに抱き着かれ、イグニスにぽんぽんと背中を叩かれ、エレノアに手を握られ……とにかく、もみくちゃにされた。レオンはというと離れた所から私の方を見ていて、ホッとしたような放心しているような。そんな複雑そうな表情を浮かべていた。
魔人族は皆、縛り上げられて牢獄の奥に。牢の鍵もきちんと閉めて、レオンが怖い顔で見張りに立って、これなら脱獄は不可能だろう。一安心だ。
私はすっかり力が抜けてしまって、へなへなと座りこんだ。
「ごめん、ルイーゼ。俺たちのせいで君を危険な目にあわせてしまって」
と、しょんぼりとした顔でユークが告げる。
「君がさらわれたのは、予言の力に目を付けられたからだろ? 俺たちが君に頼り切ってばかりいたから……」
「いえ、勇者様のせいではありません。私に危機感が足りなかったんです」
「あんなに『予言予言』とはしゃいでいたら、間者に筒抜けになるのは当たり前だ」
厳しく言い切ったのはゼナだった。
うう、やっぱりゼナちゃんは私に風当たりが強い……。
「だが……無事でよかった」
続けて聞こえてきた言葉に私は目をぱちくり。そちらを見ると、ゼナは気まずそうにぷいっとそっぽを向いてしまった。
うわお、唐突なデレ、きたこれ!! これは胸キュンポイント!!
私のことは相変わらず嫌いみたいだけど、性根は優しいんだろうなあ、ゼナちゃん。
「それで、あの魔人族たちの処遇はどうする」
と、口を挟んだのはアイル様だった。
厳しい表情で牢のある方角を見やっている。
「まずは情報を聞き出すべきでしょう。彼らは何を知っているのか。そして、なぜ彼女をさらったのか」
冷静に告げたのはレオンだ。魔人族から片時も目を離さず、こちらには背を向けているから、どんな表情を浮かべているかわからない。でも、いつものレオンの声よりもずっと低くて、冷たくて、固い声をしているように思えた。
「そうか。じゃあ、まずは俺が話をしてみるよ」
と、ユークが立ち上がって、牢のそばへと寄る。
どうやって話を進めるつもりなのだろう。と、私は気になって首を伸ばそうとした。けど、その視界を遮るようにアイル様が目の前に立つ。
「ルイーゼ、君は少し休んだ方がいい」
「え? は、はい……」
有無を言わせないアイル様の言葉で、私は別の部屋へと移されることになった。歩く間、アイル様がさり気なく肩を抱いてくれて、心臓が止まりそうになったりもしつつ。
ベッドに横になると疲れが出たのだろう、私はすぐに寝入ってしまった。




