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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第5章 推しとラブコメしています

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52.大ピンチです!?


 私がヘルマンさんに語ったのは、以下の通りだ。


 ヒト族をこの世に創造した女神"スフェラ"。魔人族をこの世に創造した神"ヴィリロス"。

 2柱の神々はヒト族と魔人族を争わせ、「どちらが優れているか」を競うゲームをしていること。


 戦いは決着がつかず、スフェラが『浄化』という強硬手段に出ようとしていること。


 『浄化』によって、勇者一行を除く世界中の生き物が死に絶えること――。


 私は1点だけ事実を隠して、他は正確に話した。


 隠した事実というのは、『浄化』はヒト族の王家の血を生贄に捧げることで発動する――つまり、アイルとゼナの存在が鍵になるという情報だ。

 なぜそれを秘密にしたかというと、話したらゼナちゃんとアイル様が危険になるかもしれないからだ。


 魔人族の狙いはスフェラの暴走を止めることだ。

 そのために確実かつ迅速な対策は、『浄化を発動させるのに鍵となる人物を抹消すること』である。実際、私が知っているゲームのフェアリーシーカーでは、レオンがその策を講じて、悲劇が起こってしまう。

 だから、この情報だけは魔人族に渡すわけにはいかない。


 私の話をヘルマンさんは、最後まで静かに聞いてくれた。


 そして、真剣な表情で私の目を見る。


「――『浄化』をどうやって食い止めたらいいのか、見当はついているのですか?」

「わかりません……」

「そうですか」


 と、無感情に頷く。


「話していただいて、ありがとうございます。今日のところはこれで終わりにいたしましょう。部屋へ案内いたします。あまり居心地のよいところではないかと思いますが、ゆっくりとお休みください。のちほど食事もお持ちいたします」


 そして、私は部屋へと帰された。

 目覚めた時と同じ牢屋の中だ。とはいっても、鍵はかけられなかったし、室内には質素なベッドと椅子が置かれている。言葉通り、食事もきちんと運ばれて来た。あまり豪華とは言えないけれど、出されたのは、干し肉とか、パンとか、芋とか、保存がききそうな物ばかり。

 きっとこの要塞では他の魔人族たちも同じような環境で暮らしているのだろう。


 そんなこんなでお腹いっぱいになった私は、疲れもあって目蓋が重くなる。気が付いた時にはベッドに横たわっていた。

 寝ぼけた頭で、アイル様とか、他のみんなのことをむにゃむにゃと考えているうちに、意識が遠のいていった。




 + + +



 ヘルマンさんと『浄化』について話をしていたからだろうか。

 久しぶりに、あの夢を見た。

 前世でフェアリーシーカーをプレイしている時の光景だ。


 その先に何が待ち受けているのか、まだ知らなかった私は、「ああ、アイル様は今日も美しい!」とか、「尊い!」とか、にやにやしながら、コントローラーを握りしめて、ゲームにのめりこんでいた。


 そして、あの決定的なシーンに直面することになるのだ。


 突然、レオンがアイル様に剣を突きつける。


 鮮血が散る。

 悲鳴が聞こえる。

 アイル様のお顔が、苦しそうに歪んでいく……。


 その様子を私は画面越しに呆然と見ていた。


 何で……?

 何で私の推しが死ななきゃいけないの……?

 これって、嘘だよね? ねえ、誰か、嘘だと言って。


 こんなの嫌だ。

 認められない。

 アイル様が死ぬなんて。


 そんなストーリーは絶対に受け入れられない。





「いや! アイル様、死なないで――ッ!」






 気が付くと、声の限りに叫んでいた。

 そして、私は目を覚ました。






 え、ここ、どこ……?


 寝ぼけた頭で、状況を整理する。


 薄暗い部屋の中。

 松明の明かりがぼんやりと辺りを照らしている。


 ああ、そうだ。ここは魔人族のアジト。

 私はいきなり拉致されて――それで。


「って、待って!? ここどこ!?」


 二度目の問いかけを私は叫んだ。自分の声の大きさががんがんと頭に響いて、それで完全に覚醒した。


 目覚めた場所は、眠りについたところとは別の部屋だった。

 ヘルマンさんに部屋に案内されて、私はベッドで眠りについたはずだった。


 そのはずなのに、ベッドが消えている。

 そもそも私は横になっていたはずなのに、今は床に座りこむ体勢だ。


 咄嗟に起き上がろうとして、


「痛っ……!」


 がちーん! と、背後で金属音が轟いた。

 手首が引きちぎられそうなほどに痛んで、私は床へと引き戻される。


「ようやく起きやがったか」


 乱暴な声が近くから聞こえてくる。


 見上げるとそこには、壁に寄りかかって、私を睥睨しているDQN男……じゃなかった、ヒャッハー民族……でもなかった、エリックの姿があった。


 え、ど、どういうこと……?

 私、もしかして、鎖でつながれている……?


 あまりの事態に理解が追いつかず、私は固まる。


「捕虜の分際でよくもぬけぬけと惰眠をむさぼれるもんだ。とんだ図太さで、むしろ尊敬するぜ」

「な、何……? 何で私、つながれてんの……? っていうか、ここって……」


 辺りを見渡して、ぞっと怖気が走った。


 むせ返るような悪臭は、血と錆の匂い。

 辺りを埋め尽くすように並んだ器具の数々……。おぞましい形のそれをどうやって使うのか。想像したくもないような代物だ。


 私、これ系の物は本当に苦手で、前世でも避けて来たんだけれど、知識だけは持っている。

 これって、拷問部屋だよね……。


 理解したと同時に、心臓が凍り付きそうになった。


「は、離して……! 何でこんなことを……!?」

「あ? んなもん、てめーの口を割らせるために決まってんだろ? 知ってること、洗いざらい吐き出してもらうぜ。まず、さっき言ってた『アイル様、死なないで』ってのは、何のことだ?」

「こんなこと……ヘルマンさんの許可はとってるの……!?」


 私の言葉に、エリックは目を細めてため息を吐く。

 と、その時だった。


「何をしているのですか。エリック」


 冷静な声が室内に響いた。

 冷たく聞こえるその声が、今の私にとっては救世主のように思えた。


「へ、ヘルマンさん……!」


 彼ならばわかってくれるはず。

 この状況を好ましく思わないはず。


 そう思って、期待に顔を上げたのに――


 チラチラと揺れる炎に映し出される魔人族たちの顔。

 それはどこか酷薄な色を灯していたのだった。


 ヘルマンさんはちらりと私の姿を視界に入れると、


「早く始めなさい」


 冷徹な声でそう告げた。


「なっ……ヘルマンさん……!?」

「本当にいいのかー? やっちまっても」

「致し方ありません」


 な、何で!?


 私は愕然として、ヘルマンさんの顔を見つめた。

 どういうこと?

 エリックの暴走でこんな事態になっているのかと思いきや、ヘルマンさんが指示していたの!?


 頭が混乱して、私はヘルマンとエリックの顔を交互に見る。

 視線を返してきたヘルマンは、相変わらずの無表情で、冷たく言い切った。


「ルイーゼさん、あなたは先程、嘘を吐きましたね?」

「え……」

「私が浄化を食い止める方法を知っているか、と尋ねた時のことです。あなたは知らないと答えた。けれど、それは嘘でしょう」

「そ、それは……」

「そう答えたあなたの目が泳いでしましたので。あなたは嘘を吐くことに慣れていないようですね」


 ヘルマンは酷薄な面持ちでで答える

 人形のように綺麗に整った顔。それはまるで血の通っていない冷徹な人形のように見えた。


 ああ、私は知っていたはずだ。

 魔人族は人類の敵。

 人間を見下していて、狂気的で、そして、冷酷そのものだ。


 私が信頼できると思ってしまった相手は、どこまでいっても『魔人族』だったのだ。


 私が馬鹿だった……。

 ヘルマンさんとは、わかり合えると……話し合えると思っていた。


 でも、よくよく考えてみれば。

 私のことを突然、拉致してきたような男だ。


 信用できると思ったのが間違いだった。


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