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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第5章 推しとラブコメしています

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51.ヒャッハー民族の襲撃


 私のオタク用語丸出しの宣言にも、ヘルマンさんは眉ひとつ動かさなかった。


「推し……推しとは、誰のことですか」


 あまつさえ、冷静に問い返されてしまった。

 ごめんなさい。その反応はとても気まずくて、枕に顔をうずめて足をバタバタさせたくなるやつです。


「えっと……それは、つまり」


 と、私がしどろもどろに弁解しようとした。

 その時のことだった。


「おい! たかだか小娘を締め上げんのに、いつまでかかってやがんだよ!」


 乱暴な台詞と共に、乱暴な音が響く。部屋の扉が開いた。


 ずかずかと室内に入って来たのは、若そうな男だった。

 その男の風貌を目にして、私はかっきーんと固まってしまった。


 え、なにこのDQN。

 見た目が完全に、田舎でコンビニ前に陣取っているチンピラだ。


 逆立てた金髪。ぎろりと目付きの悪い赤色の双眸。口元からはギザギザと尖った獰猛な牙が見える。にいっと笑っても、「あ?」とすごんでいても、存在感のある牙のせいで相手を威圧するような雰囲気だ。


 出たよ、魔人族の『ヒャッハー民族』。


 私の中のイメージが荒野でバイクを乗り回しながら、『ヒャッハー! 魔人族以外の人種はすべて汚物! 汚物は消毒だー!』としているチンピラだ。なので、勝手に『ヒャッハー民族』と命名させてもらった。

 ヘルマンさんを『穏健派』と位置付けるなら、それとは正反対の思想を持つ方々だ。3年前の女神復活祭に城を襲った魔人族も、この『ヒャッハー民族』に属していたのだろう。


 その男は獰猛な視線で、ぎろりと私を睨んで来た。


 ひい、オタクはただでさえヤンキーと相いれないと言うのに……! 蛇に睨まれた蛙のごとく、私は硬直した。


「まだ情報を吐かねえのか、その女は? あんたにできねえなら、俺がさっさと締め上げてやろうか」

「エリック、部屋に戻りなさい。彼女の尋問は私が行います」


 荒々しい物言いの男とは対照的に、ヘルマンさんはどこまでも冷静だ。


 ああ、ヘルマンさんから何だか『できる上司』の匂いがぷんぷんと……! 私、この人の元でなら働いていけるかも。

 それに比べてヒャッハー……じゃなかった、エリックのヤンキー面よ。


 エリックはあからさまに不愉快そうに顔を歪めている。

 しかし、


「ちっ……わかったよ」


 吐き捨てるように告げて、ドアをまたもや乱暴にバタン!

 騒がしい足音が遠ざかっていく。


 どうやらエリックはヘルマンさんには逆らえないらしい。

 おー。DQNを口だけで退散させた。ヘルマンさん、ますます有能な上司感がある。


「横やりが入ってしまい、申し訳ありません。それであなたには私たちに協力してもらえると、そう思ってもよろしいのですか?」

「あの、それには2つほど条件があります」

「聞きましょうか」

「勇者一行を……私の仲間たちを傷つけないこと。それと、邪神を倒したら魔人族の国は他の3か国と和平条約を結ぶこと。どうでしょうか?」

「難しいですね。前者はまだしも、後者は私の一存では決めかねます」


 まあ、そうだよね……。

 私もわかっていたけれど、言ってみたって感じだ。


 ヘルマンさんは国の軍司令官を務めているだけあって、ある程度の権限を持っているだろうが、それですべての魔人族に言うことを聞かせられるわけがない。

 そもそも魔人族の国は独裁政権だ。皇帝が絶対的な権力を握っている。


「皇帝陛下にあなたの条件を進言してみることは可能ですが……恐らく無意味でしょう」

「無意味って……どういうこと?」

「今の魔人族が選民思想に染まっているのは、現皇帝のご意向によるものですので」


 なっ……。

 それってつまり、魔人族の皇帝サマって、キングオブ・ヒャッハー民族ってこと!? こ、怖すぎる……。


 それは確かに穏便に話を進めるのは難しそう。

 皇帝め……。今後、私や勇者一行にとってもやっかいな敵になりそうだ。


 その一方で、私の中でのヘルマンさんの好感度がぐんぐんと上がっていく。表情は乏しいし、冷たい雰囲気の人だけど、丁寧に話をしてくれるし、とても誠実そうないい人だ。

 私はぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます。今のでわかりました。他の魔人族はともかく、あなたのことだけは信頼できると思う。だから、あなたには私が知っていることを話します」

「そうですか。私も、あなたのことは信頼できると今の会話から判断いたしました」

「えっと……それはどうして?」

「自分の身の安全よりも先に、仲間の安全を条件に加えるお方でしたので」


 相変わらず無表情のままだけど……少しだけ、ヘルマンさんの目元が柔らかく下がったようにも見えた。


 それから私は自分が知っている未来のことを、ヘルマンさんに語って聞かせるのだった。




 *



 ルイーゼとヘルマンが話し合いを続ける部屋の外。

 扉に寄りかかり、耳をそば立てている人物がいた。


「なるほど。そーゆーことか」


 エリックは獰猛な牙を光らせて、にやりとほくそ笑んだ。


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