51.ヒャッハー民族の襲撃
私のオタク用語丸出しの宣言にも、ヘルマンさんは眉ひとつ動かさなかった。
「推し……推しとは、誰のことですか」
あまつさえ、冷静に問い返されてしまった。
ごめんなさい。その反応はとても気まずくて、枕に顔をうずめて足をバタバタさせたくなるやつです。
「えっと……それは、つまり」
と、私がしどろもどろに弁解しようとした。
その時のことだった。
「おい! たかだか小娘を締め上げんのに、いつまでかかってやがんだよ!」
乱暴な台詞と共に、乱暴な音が響く。部屋の扉が開いた。
ずかずかと室内に入って来たのは、若そうな男だった。
その男の風貌を目にして、私はかっきーんと固まってしまった。
え、なにこのDQN。
見た目が完全に、田舎でコンビニ前に陣取っているチンピラだ。
逆立てた金髪。ぎろりと目付きの悪い赤色の双眸。口元からはギザギザと尖った獰猛な牙が見える。にいっと笑っても、「あ?」とすごんでいても、存在感のある牙のせいで相手を威圧するような雰囲気だ。
出たよ、魔人族の『ヒャッハー民族』。
私の中のイメージが荒野でバイクを乗り回しながら、『ヒャッハー! 魔人族以外の人種はすべて汚物! 汚物は消毒だー!』としているチンピラだ。なので、勝手に『ヒャッハー民族』と命名させてもらった。
ヘルマンさんを『穏健派』と位置付けるなら、それとは正反対の思想を持つ方々だ。3年前の女神復活祭に城を襲った魔人族も、この『ヒャッハー民族』に属していたのだろう。
その男は獰猛な視線で、ぎろりと私を睨んで来た。
ひい、オタクはただでさえヤンキーと相いれないと言うのに……! 蛇に睨まれた蛙のごとく、私は硬直した。
「まだ情報を吐かねえのか、その女は? あんたにできねえなら、俺がさっさと締め上げてやろうか」
「エリック、部屋に戻りなさい。彼女の尋問は私が行います」
荒々しい物言いの男とは対照的に、ヘルマンさんはどこまでも冷静だ。
ああ、ヘルマンさんから何だか『できる上司』の匂いがぷんぷんと……! 私、この人の元でなら働いていけるかも。
それに比べてヒャッハー……じゃなかった、エリックのヤンキー面よ。
エリックはあからさまに不愉快そうに顔を歪めている。
しかし、
「ちっ……わかったよ」
吐き捨てるように告げて、ドアをまたもや乱暴にバタン!
騒がしい足音が遠ざかっていく。
どうやらエリックはヘルマンさんには逆らえないらしい。
おー。DQNを口だけで退散させた。ヘルマンさん、ますます有能な上司感がある。
「横やりが入ってしまい、申し訳ありません。それであなたには私たちに協力してもらえると、そう思ってもよろしいのですか?」
「あの、それには2つほど条件があります」
「聞きましょうか」
「勇者一行を……私の仲間たちを傷つけないこと。それと、邪神を倒したら魔人族の国は他の3か国と和平条約を結ぶこと。どうでしょうか?」
「難しいですね。前者はまだしも、後者は私の一存では決めかねます」
まあ、そうだよね……。
私もわかっていたけれど、言ってみたって感じだ。
ヘルマンさんは国の軍司令官を務めているだけあって、ある程度の権限を持っているだろうが、それですべての魔人族に言うことを聞かせられるわけがない。
そもそも魔人族の国は独裁政権だ。皇帝が絶対的な権力を握っている。
「皇帝陛下にあなたの条件を進言してみることは可能ですが……恐らく無意味でしょう」
「無意味って……どういうこと?」
「今の魔人族が選民思想に染まっているのは、現皇帝のご意向によるものですので」
なっ……。
それってつまり、魔人族の皇帝サマって、キングオブ・ヒャッハー民族ってこと!? こ、怖すぎる……。
それは確かに穏便に話を進めるのは難しそう。
皇帝め……。今後、私や勇者一行にとってもやっかいな敵になりそうだ。
その一方で、私の中でのヘルマンさんの好感度がぐんぐんと上がっていく。表情は乏しいし、冷たい雰囲気の人だけど、丁寧に話をしてくれるし、とても誠実そうないい人だ。
私はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。今のでわかりました。他の魔人族はともかく、あなたのことだけは信頼できると思う。だから、あなたには私が知っていることを話します」
「そうですか。私も、あなたのことは信頼できると今の会話から判断いたしました」
「えっと……それはどうして?」
「自分の身の安全よりも先に、仲間の安全を条件に加えるお方でしたので」
相変わらず無表情のままだけど……少しだけ、ヘルマンさんの目元が柔らかく下がったようにも見えた。
それから私は自分が知っている未来のことを、ヘルマンさんに語って聞かせるのだった。
*
ルイーゼとヘルマンが話し合いを続ける部屋の外。
扉に寄りかかり、耳をそば立てている人物がいた。
「なるほど。そーゆーことか」
エリックは獰猛な牙を光らせて、にやりとほくそ笑んだ。




