閑話 奇妙な女(ゼナ視点)
ゼナ・フロテマ・ユスティノフは、他者から嫌われてばかりの人生を歩んでいた。
フロテマ王国は、神子を中心として街作りを行っている国だ。当然、王族であるユスティノフ家も古来より続く神子の家系だった。
しかし――前王の一人娘であるゼナには、なぜかまったく神子の力が発現しなかった。
周囲はゼナに失望した。『王家の血を穢した女』と中傷され、ゼナの居場所はなくなった。
だから、ゼナは必死に努力を重ねた。
生まれ持った力に恵まれなかったのなら、後天的に自分に価値を作るしかない。それからというもの、ゼナは騎士団の元で訓練を積むことを決めた。武芸を学び、兵術を学んで、自分の能力を高めていった。
そのうちゼナは武術に才覚を発揮し、周囲からも少しずつ認められるようになっていった。
こうしてゼナは必死で自分の居場所を作ったのだ。
それなのに……。
「ルイーゼはすごい! すごいよ! 君にその能力があってくれて、本当に助かった」
突然、勇者一行に加わった新メンバーの1人。
ルイーゼ・キャディ。
彼女はその予言の能力で、あっという間に周りから認められて、パーティーの中心人物となっていた。
ゼナから見れば、彼女の振る舞いにはどこかうさんくさいところがある。それなのに、ユークも、エレノアも、彼女の予言を信頼し、頼るようになっていた。
(何だろう、この気持ちは……)
ルイーゼがユークたちから褒め称えられる姿を見る度に、ゼナの胸はざわついた。
彼女の言葉は信頼できない。
それどころか、彼女の存在をわずらわしく思うようにまでなっていた。
だから、ルイーゼを前にすると、高ぶる感情を抑えることができなかった。胸がむかむかとして、苛立ちが止まらなくなって、その感情をあからさまに態度にも表してしまう。
しかし、ゼナはどうして自分がそんな気持ちに陥るのか、どうしてそんなにルイーゼのことを嫌悪しているのか、その理由が理解できないでいた。
「ルイーゼ……守れなくて、すまない……」
ゼナがさらわれるとルイーゼが予言し、実際にはルイーゼがさらわれてしまった。
その翌日のこと。
パーティーメンバーは皆、深く沈んでいた。
中でも大きくショックを受けていたのは、アイル・レグシールだった。昨夜は遅くまでルイーゼの行方を探しまわっていたようで、ひどく憔悴して戻って来た。
朝からはずっと青い顔をしていて、猫耳をぺちゃんと下げて、自責の念にさいなまれているようだった。
ゼナはその様子を遠目から見ながら、ふんと鼻を鳴らした。
(この王子……あの女のことが好きなのか)
ルイーゼのことを好いているのは、アイルだけではない。
メイドのコレットに、白騎士のイグニスも、落ちこんだ表情をしている。コレットは泣きはらした顔で目が真っ赤になっているし、イグニスはいつものへらへらとした様子を捨て去り、張りつめた面持ちでずっとルイーゼの痕跡を探して、街中を駆け回っていた。
そして、もう1人、調子がおかしい人物がいる。
レオン・ディーダはずっと難しい表情で考えこんで、壁にもたれかかっている。
そして、何かに気付いたように突然、呟いた。
「あの声はもしや……魔人族の軍司令官ヘルマンか……?」
「レオン、知っているのか!?」
「いや、しかし……この段階で登場するとは……。早すぎる」
「おい、レオン。何か知ってるなら教えてくれ」
「どこかでフラグが変わったのか……? いや、そもそもなぜあの男がルイーゼを狙う」
「レオン!!」
イグニスが何度か声をかけても気付かずに、レオンは1人で考えこんでいるようだった。
イグニスがレオンの肩に手を置いて、激しく揺さぶったことで、我に返り、
「あ……すまない。どうした」
「どうしたも何も、さっきから呼んでいただろう? 気付かなかったのか?」
「そうだったのか。少し考え事をしていた」
「全部、口に出てたけどな。わけのわからないことをぶつぶつ言ってたけど、どうした?」
「な……っ、そ、それはすまない……」
どうやら無意識だったらしい。
レオンは眉をひそめて、首の後ろに手をやっている。そして、気まずそうに視線を散らした。
(まさかこの男……?)
ゼナは意外に思った。
ルイーゼがさらわれた後も、パニックを起こさずに冷静に対応をしていたのはレオンとゼナだけだった。だから、レオンはルイーゼの誘拐にあまりショックを受けていないのだろうと、ゼナは思っていたのだが……。
よくよくレオンの顔を見ると、目の下にはクマができている。どうやら寝れていないらしい。表情は無機質で冷静なようにも見えるが、内心ではそうではないのかもしれない。
(ふん……あの女、ずいぶんと好かれているようだな)
ゼナはちくりと痛んだ胸を抑えこんで、顔を背けた。
なぜ自分の胸が痛むのかも――
ルイーゼのことを『羨ましい』と感じて、悲鳴を上げている自分の心にも気付かずに。




