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転生侍女は推しを死なせたくない ~気づいたら推しにも騎士にも暗殺者にも愛されていた~  作者: 村沢黒音
第4章 推しと冒険の旅に出ます

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49.幹部襲来


 ぱちぱちと火の粉が弾ける音が耳をかすめている。

 かび臭い匂い。湿気た空気。覚えのまるでない空間だ。今、自分がどこにいるのかわからない。


 ぼんやりと意識が浮上していく。目を開けると、視界に飛びこんで来たのは揺らめく炎の影だった。辺りは薄暗く、不気味な空間だ。三方向を石壁に、前方を鉄格子に囲まれている。

 私は自分の置かれている状況に気付いて、息を呑んだ。


 ここ、牢獄だ……!


 記憶が一気に脳裏で弾ける。

 そうだ、私、いきなり現れた変な男にさらわれて……!

 あれは誰? 私はいったいどうなったの……?


 寒気が全身を駆けめぐって、私は自分の体をかき抱いた。不安と恐怖で体が凍りつく。


 と、その時だった。


「目を覚ましましたか」


 こつこつと靴音に続いて、人影が揺らめいた。牢の前に誰かが立った。

 心臓をわしづかみにされたかのような怖気が走る。


 それは長身の男だった。松明の火に照らされて、その男の顔が映る。


 どきんと心臓が跳ねた。


「あ、あなたは……!?」


 嘘でしょう!?

 と、叫びたくなった。


 その男の外見。見覚えがあるのだ……!


 今世じゃなくて、前世の方で! 『フェアリーシーカー』のゲーム内で!


 長い銀髪を背中まで垂らしている。双眸は血のような赤色。肌の色は透き通るように白く、パッと見は儚げな美青年のように見える。だが、こめかみから生えた2本の角と、口元から覗く鋭利な牙は獰猛で、ぞくっとするほどの怖気と威圧を相手に与える。


 魔人族……!

 彼の姿を私はゲームで見たことがある。


 ゲーム中、敵側の動向を伝えるムービーシーンが映されることがある。その中で魔人族軍団の幹部たちが会議するシーンが存在する。そこにこの男の姿が映されていた。


 すなわち、こいつは敵軍の幹部……!


 魔人族軍団の軍司令官。

 名はヘルマン・ダーヴィント。


 全身から血の気が引いていく。

 どうしよう……。魔人族のお偉いさんに私、つかまっちゃったよ……!


 私、これからどうなるんだろう。

 処刑、生贄、拷問、虐殺――。


 そんな物騒な単語と映像が私の頭の中をぐるぐると回って、ついでに胃の中もぐるぐるとしてきた。怖い……怖すぎて、吐きそう……。


 すっかり言葉を失っている私の前で、男は片膝を着いて、私と視線を合わせてくる。怪しげな赤い眼光がまっすぐ私を射抜く。喉の奥から、ひっ、と引きつった声が出た。


「あなたは勇者一行の予言師さんですね」

「な……なんで……」


 緊張しすぎて、口の中がカラカラだ。

 情けないほどに弱々しい声が出た。


「私のこと、知ってるの……?」

「あなたのことは我々、魔人族の間でも噂になっています」


 うそ、そんなに!?

 私って、そんな派手ムーブを決めてたっけ!?


 頭を必死で回転させて、これまでの旅路を思い出す。


 私がやったことと言えばせいぜい……。

 魔人族の敵キャラの弱点を網羅して完全制圧したり、待ち伏せやトラップを回避したり、ダンジョンを最短ルートで攻略したり……。


 その度に勇者一行のメンバーからは「さすがルイーゼ! ルイーゼの予言があれば、この旅は安泰!!」と持ち上げられて。


 うん。

 派手というか、十分、チートだね。こりゃ目立ってもしょうがない……。


 って、どうすんの、この状況ー!?


 迂闊だった。まさか予言のせいで他勢力に目を付けられていたなんて。

 私もレオンも、目の前の障害を乗り越えることばかりに必死で、そこまで考えが及ばなかったのだ。


 冷や汗が全身ににじんで、心臓がバクバクと騒ぎ出す。


 魔人族側から見れば、私の存在は邪魔者以外の何ものでもない。わざわざこうして私に狙いを定めて来たということは、それだけ魔人族が予言師の存在を危険視しているということだ。


 ということは、私はこのまま殺される……?

 どうしよう……。レオンに暗殺されかけた時よりも、今の状況は悪い。生存ルートがまるで想像つかない。


 がたがたと震える私に、男は冷徹な声で告げる。


「怯えているようですね。あなたに危害を加えるつもりはありません。あなたとはお話させていただきたいのです」


 そんなこと言われたって、信用できるわけがない!

 いきなり拉致して、こんな牢獄に閉じこめておいて……。


 私の胡乱げな視線に気付いたらしく、ヘルマンは続ける。


「ああ……こんな所で目を覚まされたので、誤解しているようですね。鍵はかかっていませんよ」


 と、扉に手をかける。

 ぎいっと錆びついた音が聞こえて、戸は開いた。


 私はごくりと唾を飲みこむ。


「どういう……つもりなの……?」

「何分、私たち魔人族は他の亜人たちから嫌われておりますので。こうして人目につかぬよう、地下に隠れ住んでいるのです」


 この物腰と口調の丁寧さ、ゲーム内のムービーと同じだ。

 本当にこの人は、ゲームで見たヘルマンなんだ……。


 こつこつと靴音を響かせて、彼が牢から出て行く。振り返り、『ついて来い』と言わんばかりに廊下を進み出した。私は恐る恐る足を踏み出して、ヘルマンから十分に距離をとりつつも、その後を追う。


 この地下を居住区としている、という彼の話はどうやら本当らしい。


 廊下にはいくつもの牢が連なっているが、どの部屋も荷物や調度品がつめこまれていて、生活感のある空間となっている。檻越しには何かの作業をしているらしい魔人族の姿も見える。誰もが目を光らせて、私に興味ありげな視線を送っていた。私は咄嗟に視線を逸らして、誰とも目を合わさないようにした。


 ヘルマンは奥まったところにある部屋の中へと入っていく。本来であれば看守の休憩室として使われるような部屋だろう。今は机や本棚が所狭しと置かれ、執務室のようなレイアウトになっている。


 部屋の中央まで進んで、ヘルマンが私を振り返る。

 そして、静かな声音で告げた。


「≪サフィロ要塞≫へようこそ。急を要しておりましたので、強引な招待となってしまったことはお詫びいたします」

「どうして……私をさらったの?」

「1つはあなたの予言師としての能力の真偽を見定めるため。そして、もう1つは……」


 そこで彼は目をきらりと光らせた。


「もし、あなたに未来を見通す力が誠に備わっているのならば。お願いしたいことがございます」

「え……」

「魔人族の未来を予言してはもらえませんか。そして、助言願いたい。我々、魔人族が滅びの未来を回避する方法を」


 日の光がいっさい差さない陰鬱な室内。

 ヘルマンの青白い顔は、真摯な表情を浮かべて私を見つめている。


 ゆらゆらと、地下牢に設置された灯火が揺れて、怪しげな影を作り出していた。


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