47.疑われています
ゼナの険しい眼差しに、私の背筋がぞわわっとなった。
出た! またですか! 『お前は何者だ』ルート!
それ、もうレオンで経験済みだよ!(そして、その時のことはナンバーワン恐怖体験として、この身に刻まれている)
こんなの、何度も経験したくないよ……。
まあ、暗殺者然としていたレオンに比べれば、ゼナのそれには殺気は感じられなくて、苛立ちからくるピリピリだから、まだマシとはいえ。
ゼナちゃん……よっぽど自分に神子の素質がないことを気にしてるんだな。
私は面を伏せた。なまじゲームでゼナの葛藤や悩みを目の当たりにしているだけに、申し訳なさが募る。
「ごめんなさい……」
その言葉は自然と口を吐いて出た。
今の私の正直な気持ちだ。
秘密にしていることを暴かれたら、そりゃ誰だって嫌だよね……。
「ゼナさんの知られたくない秘密を、私なんかが知ってしまって……」
「私に神子の力がないということも知っているようだな」
「はい……」
私が頷くと、ゼナは静かに続けた。
「なるほど。しかし、腑に落ちない点がある。お前は夢の中で予言が見えると言っていたな」
「はい、そうです」
「その情報だけで、なぜ敵が神子勢力なのだとわかった?」
「それは……えっと、相手の格好から判断いたしました」
「見ただけで、その女が神子であるとわかったのか? 人間であるお前が、竜人族の神子の風習を知っていたのか?」
ひゅ、っと私は息を呑んだ。
ゼナの疑問はもっともだ。この世界において、人間と竜人族は長らく関係を持っていない。竜人族の独特の風習について、人間である私が知っているはずがないのだ。
「それは……その。様々な状況から判断したと言いますか……」
「本来、王族に備わっているはずの神子の力が、私に発現しなかったということも……予言で知ったのか? 夢の中でお前はどういう光景を見たのだ?」
「えっと……それは」
鋭い……鋭すぎるよ、ゼナちゃん。
確かに、私の予言能力は「夢で見える」ということにしている。ということは、知っている情報は視覚から得られるものだけ。そのはずなのに細かい情報まで私が網羅しているのはおかしい。その通りだ。
私はぐうの音も出ずに黙りこむ。
ゼナが眉をひそめて、私を睨み付けた。
「……やはり、お前の話は信用できない」
吐き捨てるように呟かれた言葉。ばしんと右頬を叩かれたかのような衝撃だった。きゅ、と胸が痛くなって、私は目を逸らす。
その時、扉が開いて、
「あれ。ルイーゼさんとゼナさん。どうかしましたか?」
エレノアがきょとんとした顔で部屋に入ってくる。
ゼナは忌々しげに顔を背けて、私は何も言えずに俯いた。
気まずい沈黙が流れていく。
ゼナと私の間を隔てるように部屋の中央にわだかまって、寒々しい空気を放っていた。
結局、私はゼナを納得させられないまま。
ピリピリとした雰囲気を抱えたまま、次の日となった。
すなわち、作戦決行日だ。
「いつにもまして、腑抜けた顔をしてるな」
朝。
顔を合わせるなり、黒騎士に嫌味を投げつけられて、私のテンションは駄々下がりだ。
「ちょっと寝つきが悪かったの。っていうか、会うなりイヤミとかありえない。少しくらい気遣ってくれてもいいんじゃない?」
「それは俺の役目じゃないだろ。推しでも吸っておけ」
レオンはめんどくさそうに言って、私の背中を押した。(っていうか、最近はレオンの方がオタク用語を駆使してない?)
よろめく私は、廊下の曲がり角にふらふら。向こうからやってきた人物に、ぶつかりそうになってしまった。
「わ、あ、アイル様!」
「ルイーゼ」
この3年間でぐっと背が伸びたアイル様は、私のおでこがちょうど肩にあたる。まるで抱き留められるかのような格好で、肩に手を置かれた。
って、近い、近い! 最推しがイン・マイ・ソーシャルディスタンス!
至近距離で目を合わせて、アイル様はその美しい碧眼を気づかわしげに細める。
「大丈夫か。顔色が悪いように見える」
「え、あ、その……!」
「今度は赤くなった。熱でもあるのか?」
ふ、と小さく声が聞こえた。そちらを見たら、レオンが顔を逸らして口元を抑えている。
笑ってんじゃないよ、そこぉ!
「だっ、大丈夫、です!」
私はぶんぶんと腕を振って、アイル様から離れた。
「なんでもないです! 私は元気ですよ、ほら!」
「無理をしてないか」
「していません! いつも通り、元気です!」
「そうか。それならいいが。もし君に何かあったら、僕は……」
アイルは何かを言いかけて、首を振った。
「……いや、何でもない。体には気を付けてくれ」
その真摯な瞳に、私の胸がどきんと跳ねる。
え、なに。
今、何を言いかけたの?
すると、ドキドキとした空間に水を刺すような言葉が背後から。
「お気楽だな。能天気というべきか?」
ゼナが呆れきったように、目を細めている。
私と視線が合うと、ぷいっとそっぽを向いて、去って行ってしまった。
うう……私、本格的にゼナちゃんに嫌われちゃったのかな……。
がっくりと落ちこんでいると、またまた後方から、
「大丈夫ですか?」
今度は気づかわしげな声音。
振り返ると、そこにはきらめく聖女様!
エレノアの姿があった。
エレノアは聖母のような微笑みで、私の前に立って、肩に手を置く。
そして、何か祈りのような言葉をつぶやいた。彼女の掌に清らかな光が灯り、私の体がぽっと温かくなる。
「回復魔法です。ルイーゼさんの気持ちが少しでも落ち着きますように」
「ありがとうございます。エレノア様」
エレノアの優しげな言葉と表情に、私の心が軽くなる。
私たちは顔を見合わせて、静かにほほ笑み合った。
さて、本番はこれからだ。
ゼナちゃんの誘拐イベント……絶対に阻止してみせる!




