46.そのイベント、スキップです
「やって来ましたね、竜人族の国に。勇者様。最後の妖精はここに封印されています」
「ここがフロテマ王国か……」
一行は立ち止まって、辺りをぐるりと見渡した。
ここはフロテマ王国。竜人族が治める国だ。
人間や獣人の国と比べて、風景ががらりと異なる。街並みは自然が多く、住居も樹を加工して作られている。よく言うと自然派、悪く言うと原始的な街並みだ。
住居に使われている樹は、シュタム樹というフロテマ王国にのみ生息しているものだ。この樹は意志を持つとされていて、【大樹の神子】と交信できる。神子は各街に1人ずつ存在し、神子の力の強さによって街の様相は変わる。
この街の風景は自然寄りだが、王都の神子の力はすさまじいものらしく、枝が精密に並び、ウッドデッキのような形を作っている。住居はログハウスのようなおしゃれなデザインで、街は緑と花にあふれ、とても綺麗な街並みだ(まだゲーム画面でしか見たことないけど)。
ユークたちはもの珍しい表情で、辺りを見渡している。
それもそのはず。竜人族は他の国と外交を持たず、いわゆる鎖国状態にある。人間や獣人は本来、この国に立ち入ることができない。私たちはゼナちゃんで竜人族を見慣れているけれど、多くの人間や獣人は竜人族と一度も関わることなく生涯を終える。
私たちがこうして竜人の国に入ることができたのは、王族であるゼナが一緒だからだ。
パーティーメンバーたちは、興味深そうに街を探索している。
そんな中、ゼナだけはずっと浮かない表情を浮かべていた。
実はゲームをプレイ済みの私は、どうしてゼナちゃんが憂鬱な顔をしているのかも知っている。けれど、そこに敢えて触れる必要はないだろう。
その日の夜は、街の宿で一泊することになった(王都から離れた田舎町なので、大樹を切り抜いて作ったような家だ)。
夕食が終わった後。私は勇者の部屋に皆を集めて、
「皆様に大事なお話があります。――予言のことで」
静かにこう切り出した。
私の予言師ムーブも、ちょっとだけ板についてきた気がする。
◇
「ルイーゼがそんなに深刻な顔をしているってことは……もしかして、これからよくないことが起きるのかな」
さすがは勇者様。
まだ何も言っていないのに、ある程度察しがついているらしい。
でこぼことしてあまり居心地のよくない床にあぐらをかいて、ユークは私と向かい合っていた。
「はい……」
私は面を伏せて、ゆっくりと頷いた。
室内には勇者パーティーが11人、勢ぞろいしている。
『女性陣はベッドにどうぞ』というユークのお言葉に甘えて、私はベッドに腰かけさせてもらっている。すぐ横にはコレットが座っていて(ちょっと距離が近い)、向かいのベッドにはエレノア、ミゥ、スレンさん。ゼナはユークの言葉は無視して壁によりかかって、険しい面持ちだ。
このベッドも自然派というか……大きな枝の上に藁草の布団が載っているだけの粗末な代物で、あまり座り心地はよろしくない。
「単刀直入に説明すると……明日、ゼナさんが誘拐されます」
「…………ッ!?」
私の発言に、一同は息を呑んだ。
ゼナが眉をひそめて、壁から背中を離す。
「いったいどういうことだ。私がさらわれる、だと? どこの誰にだ?」
「神子勢力、と言えば、ゼナさんにはわかっていただけるでしょうか」
「なっ……!?」
ゼナは目を見開いた。何かを言おうとしてから、みんなの顔を見渡して、気まずそうに口を閉じる。そして、ふんとそっぽを向いてしまった。
一方、事情がわからないユークたちは首を傾げている。
「ゼナには何か心当たりがあるみたいだけど……俺たちはさっぱりだよ。ルイーゼ、どういうことか教えてくれる?」
「この国には、今の王族を快く思っていない勢力がいるようで……それが王都で神子をしている方と、その方を支持する者たちなんです。彼らは反乱を企てようとしています。そのため、王女であるゼナさんを誘拐する計画を立てているんです」
ゼナの前ですべてを曝露するのはよくないと思って、私は言葉を選んで告げた。
本当は、王都の神子は王女であるゼナが受け持つべきであったこととか、ゼナには生まれつき神子の能力がまったくなかったばかりに平民の少女が担うことになったこととかも、私は知っている。
ゼナは怖い顔付きで私を睨み付けている。
「神子のことも……誘拐の計画とやらも、すべて予言で知ったというのか」
「はい」
私は腹に力を入れて、ゼナの顔を見返した。
本当はちょっぴり怖いけど……ここでおどおどとした態度を見せたら、ゼナに信用してもらえない。
重苦しい沈黙が室内に流れる。
レオンが助け船を出してくれた。
「ルイーゼから相談され、私も事情は知っています。彼女が見た明日の光景は詳細もはっきりしていて、信用に値するものだと思います」
すると、イグニスがぽつりと呟く。
「……また、レオンには先に相談していたんだな」
何かちょっとだけ棘のある言い回しというか……。
見れば、コレットもアイル様も複雑そうな表情で黙りこんでいる。
どういうこと?
しかし、そこでレオンが私に鋭い視線を送って来たので、それ以上、考えている余裕はなかった。「早く続きを話せ」ということらしい。
「レオン様がおっしゃったように、明日の誘拐計画については細かいところまでわかっています。彼らがどういう計画でゼナさんをさらおうとしているのか、今からお話します。そして、私の見解としては――」
私はきっぱりと言い切った。
「このイベントをスキップしたいと思っています!」
――『またオタク用語を!』とのちにレオンに怒られたのは、言うまでもない。
+
『明日の計画』について、その日は遅くまで話し合いが行われた。
方針が固まって、仲間たちが各々、自室に帰っていた時には、すでに夜は更けた時刻になっていた。
エレノアはお祈りをしてから眠ると言うので、途中で別れた。コレットとミゥ(どっちも兎族)はすっかり眠くなってしまったようで、目をこすりこすり、時折、壁に激突してむにゃむにゃしながら廊下を歩いている。
その2人をスレンさんと共に部屋へ送り届けてから、私は隣の部屋へと向かった。
パーティの女性陣は6人。3人ずつ分かれて、部屋をとっている。
私はゼナ、エレノアと同室だ。
ゼナはというと、廊下を歩く間、ずっと無言だった。ピリピリとした雰囲気を放っていて、ものすごく近寄りがたい。今の彼女と2人きりというのはとても気まずい……。
エレノアたん、早く戻って来て!
と、私が心の中で叫んだ、その時だった。
「お前……どこまで知っている」
しんと静まり返った室内で、鋭い声が放たれた。
ゼナが思い切り眉をひそめて、私の顔を睨み付けている。




