43.3年後のアイル・レグシール
私はまずアイルから説得を始めることにした。
キャンプ場に戻って、彼に声をかける。
「アイル様……少しお話してもよろしいでしょうか」
「ああ」
勇者一行は焚き木を囲って、休息をとっている最中だった。
キャンプというのは、『フェアリーシーカー』のゲームにも存在する。フィールドを散策している途中、キャンプポイントで休憩を行うことができて、体力や魔力を回復させることができるというシステムだ。
キャンプを行うと「キャンプ場」に画面が遷移して、キャラクターの様子を見ることができる。例えば、ユークはいつも他の仲間と楽しそうに話しているし、エレノアはお祈りを捧げていたり、ゼナは不機嫌そうな様子で焚き木をじっと見つめていたり……といった感じだ。
アイルはゲーム中ではいつも仲間から離れて1人で過ごしている。
しかし、今のアイルはゲームとはちがう行動をとっていた。
すぐそばにはコレットとイグニスが控えて、何だかんだとアイルに話しかけているし、ユークたちとも距離をおかずに会話に参加している。
ゲームの設定からすると、今のアイル様はずいぶんと雰囲気も態度も柔らかくなった。
変わったのは中身だけではない。
(というか、今のアイル様……見た目もゲームと変わったような……?)
ゲーム中のアイルは小柄ですねたような目つきをしていて、影がある面立ちをしている。
しかし、今のアイルはゲームで見た時よりも背が伸びて、体格もよくなっているみたいだった。3年間の環境の変化によって、体の成長に差が出ているのだろう。
ゲームでは生まれてからずっと塔に軟禁され、孤独に過ごしていたという設定だ。
今のアイルは第三王子として皆に認められ、日の光を浴びて、健康に過ごしてきた。
顔付きも凛々しくなったし、つり目がちの目元は鋭く精悍だ。言動も近寄りがたい孤独な少年から、落ち着きを持った頼りがいのある雰囲気へと変わっている。
(改めて見ると、ずいぶんかっこよくなったなあ……)
アイル様の顔を近くで見て、そんなことを思って、心臓がどきんと跳ねた。アイルがこちらを向いて、目と目が合う。何だか恥ずかしくなって、私は視線を逸らしてしまった。
「静かな夜ですね……王宮にいた時とは、雰囲気がちがいます」
私はアイルの隣に腰かけて、夜空を見上げた。
王都から隣町へと続く街道。周囲はどこまでも開けた草原だ。私たち以外に人影はない。風が通り抜けると葉擦れの音がさわさわと聞こえてくる。
「街の外に出るのは初めてだ。こんなに広かったんだな」
アイルも私と同じように空を仰いだ。彼の猫耳が風にあおられて、パタパタと揺れている。
「アイル様はこれから、勇者様たちと広い世界を見て回ることになるのでしょうね……」
アイルは何も言わずに空を見上げ続ける。
束の間の沈黙が流れた。
私は意を決して、アイルの方に身を乗り出した。
「アイル様……お願いします。その旅に私も同行させてください。今後もアイル様のおそばにいさせてください」
「ダメだ。君は王城に帰るべきだ」
「でも、私……アイル様のお役に立ちたいんです!」
私が必死に言いつのると、アイルはゆっくりと視線をこちらに向けた。
夜空を映したような碧眼。今では3年前の幼さが鳴りを潜め、厳しい中にほんのわずかな甘さを溶かした男性の眼差しへと変化している。
アイルはまっすぐに私を見つめて、言った。
「わかってほしい。君を危険な目に遭わせたくはないんだ」
え、何これ。
今、目の前に『アイル様の美麗スチル』の幻惑が見えた。(スチルに吹き出しがかぶさって、≪アイル「君を危険な目に遭わせたくはないんだ」≫って台詞が表示されているゲーム画面ね)
これって乙女ゲームだったっけ? 選択肢はどれを選んだら好感度上がるの?
って、ちがうちがう! これは現実。ゲームの世界じゃない。
アイル様は二次元じゃなくて三次元! はい、復唱! ここ大事なとこだから、テストに出ます!
私はアイルの目をしっかりと見返して、言葉を紡ぐ。
「私、アイル様のためだったら、何でもできます。危険な目に遭ったって平気です。私は……アイル様のおそばにいられないことの方がつらいんです」
すると、アイルの目がわずかに細められた。そこに少しだけ切なそうな光が宿る。
「ルイーゼ……」
彼が何かを言おうと口を開いた直後。
不機嫌そうな声が割って入った。
「お前の覚悟がどうかは関係ない。戦えない奴は連れていけない、それだけだ」
ゼナが眉をひそめて、私たちを睨んでいる。
その横ではユークが困ったような顔をしていた。
「俺たちは魔人族に命を狙われているんだ。とても危険な旅になる。だから、申し訳ないけれど……」
「では、そういうことなら……」
こうなったら、切るしかない!
とっておきの切り札を!
私は勢いごんで告げた。
「お試しでいいんで! 3日間だけ私を雇ってください!」
+
私が勇者パーティーに同行を認めてもらえないのは、戦闘力がないから。
そして、私はどうやっても戦闘能力を上げることはできない。
それならば――
「あれはレッドドラゴンです。弱点は水属性で、勇者様の『水流斬り』が最高打点です。時折、全体に毒をかけるブレスを吐くので、距離をとって戦ってください」
「あ、勇者様、そちらは行き止まりです。右の道から行きましょう」
「プラチナスライム! 経験値おいしいんで、30体ほど狩っていきましょう!」
戦えないのなら、その分、知識を差し出すしかないじゃない!
お試し期間を申し出てからの3日間。
私は知っている限りの『フェアリーシーカー』の攻略情報を提供し続けた。
始めは唖然としていた勇者たちだが、それが正しい情報だとわかってくると、次第に私を頼りにするようになってきた。
「ルイーゼ、あっちの黒いモンスターは?」
「ケルベロス。弱点は氷です!」
「ルイーゼさん、道が2つに分かれています」
「左に行って宝箱回収してから、右に行きます!」
と、こんな具合に。私はあっという間にパーティーの知恵袋的存在に昇格。
ユークはすっかり尊敬した眼差しで私のことを見つめた。
「ルイーゼ、すごい! すごいよ! 何でも知っているんだな!」
「私の雑学が皆様のお役に立てるのでしたら、光栄ですわ。勇者様」
レオンは呆れたように私を睨んでいる。そして、私にだけ聞こえるようにぼそりと言った。
「……俺より詳しいな、お前」
「攻略本、読みこんだからね。あ、といっても、自分がプレイした範囲までね。私、ネタバレは絶対NGだから」
「お前が何を言っているのか……わかるようになってきた自分が恨めしい」
ユーク以外のみんなも、すっかり私のことを見直した表情を浮かべている。
「さすがはルイーゼだね! さすがは私の親友だね!」
「ルイーゼちゃんって本当、変にすごいっていうか……」
と、コレットとイグニスも感心したように告げる。
中でも一番、嬉しかったのは――
「君がそんなに博識だったとは……。すごいんだな」
アイル様にまでお褒めの言葉をもらえたことだ。とはいっても、私が旅に同行することにはまだ迷いがあるのか、複雑そうな顔つきをしている。
そして、一番の難関所といえば。
「待て」
メインヒロインのゼナちゃんだ。
こちらは他のメンバーのようにころっといかないようで、むしろ警戒心を強めた表情で私を睨んでいた。
「なぜそんなにモンスターや道順について熟知している。何者だ、お前」
「今まで秘密にしていたんですけど……実は私」
もちろん、ゼナの疑問はもっともだ。
答えも事前に用意してある。
私は切なく見えるように目を伏せた。重い沈黙が流れる。脳内に流れるのは、『フェアリーシーカー』のシリアスイベント御用達のBGMだ。
私は意を決したように顔を上げ、勇者たちの顔を見返す。
そして、静かに告げた。
「私は……少しだけ先の未来を見ることができる力を持っているんです」
はい、ブラフー!




