閑話 黒騎士との密会
夜の帳が下りた頃。
――こんこん。
私の自室の扉が、密やかに叩かれた。
西の塔から王宮に住居が移って、私は個室をもらえるようになった。
コレットが毎日のように訪れて、じゃれ合ったり、お喋りしたりしているけど、彼女はもう自分の部屋へと帰って行った後だ。だから、このノック音はまた別の来訪者。
私はすぐに扉を開けた。
そこに立っていたのは無愛想な男だ。ぴんと伸びた背筋に、近寄りがたい雰囲気をまとっている。
昼間の温厚な顔とはまるで別人だ。
黒騎士レオン・ディーダ。
レオンは私の顔を見て、厳かに告げる。
「……やるぞ」
「ええ」
私もまた真剣な顔で頷いた。
さあ、今日も始めよう。
2人の作戦会議。
その名も、
『フェアリーシーカーの攻略ノートを自作しようの会!!(私・命名)』
レオンの事情を知ってからというもの、私たちは毎日のように会って、話し合っていた。
――どうしたらバッドエンドを回避できるのか。
そのためには、私の知っている「フェアリーシーカーの攻略情報」と、レオンの知っている「前回までのループでどのようなルートを辿ったのか」、2つの情報をまとめ上げる必要がある。
そのため、私たちは自分の知っている知識を羊皮紙に書き出すことにしたのだ。
まず、レオンのループについて。
レオンは魔導具を使って、時を戻していたらしい。
魔導具『時渡りの針』。
それはレオンの家に代々と伝わるアイテムだった。
見た目は古ぼけた懐中時計のような代物だ。今ではひび割れて、針も動かなくなっている。
『これは時を戻すことができる魔導具だ。しかし、使える回数が決まっていて、見ての通り今では動かなくなっている』
つまり、やり直しはもうきかない。これが最終ルートなのだ。
その話を聞いた時、私の胸はちくりと痛んだ。
(そうか……だから、今回のルートではレオンはアイル様を殺すしかないって、自分を追いこんでいたんだ)
アイル様を殺すのは、本当に最終手段だったんだね。
今までのレオンの努力や苦悩を考えると、胸が苦しくなる。
レオンが今までループを行った数は13回。
そのすべての歴史で何が起こったのか、1つずつ書き出してもらった。
気が付けば羊皮紙の束はどんどんと分厚くなっていって、今ではゲームの攻略本みたいになった。
その内容に目を通して、私は唖然とした。
どのルートもバッドエンドだ。全滅、全滅、全滅……たまに女神に行動を怪しまれて、勇者パーティーから追い出されたり、女神の刺客に殺されかけたり。
これがゲームだったら、「どの選択肢を選んでも死ぬ。クソゲーかよ!!」と、コントローラーを投げ出したくなるほどの悲惨さだった。
レオンは本当にありとあらゆる方法を試していた。
私が思い付く手段は、レオンが過去に試したことがあったものばかりだ。
「勇者たちが妖精を集めるのを邪魔するのはどう?」
「女神に敵だと認定されたら、その時点で終わりだ。排除される」
「アイル様かゼナちゃんを拉致して逃亡するのは?」
「2回目と3回目で試した。王族を誘拐した罪に問われる。指名手配されたのちに捕まって、死罪になる」
「じゃあ、勇者ユークが聖剣を獲得するのを邪魔する!」
「5回目でやってる。聖剣は必ずユークの手に渡る」
「それならいっそ聖剣を破壊してみるのは?」
「剣を壊すことはできない。火山に投げ捨ててみたことがあるが、いつの間にかユークの元に戻っていた」
「呪いのアイテムか!!」
と、そんな感じで八方ふさがりだった。
私たちは長い間、あーでもないこーでもないと話し合っていたけれど、いいアイディアは何も浮かんでこない。
私もレオンも口をつぐんで考えこんだ。気が付けばだいぶ遅い時間になっている。攻略ノートの作成と作戦会議に熱中していたから、どっと疲れが襲ってきた。
気を抜いたらまぶたが重くなって、意識が飛びそうになる。私は時折、羽ペンを手に突き刺しながら(高校の授業中にもこれよくやったなあ……)、考えを巡らせた。
しかし、改めて羊皮紙に視線を落としてみると、RPGというより乙女ゲーの攻略ノートみたいになっている。ルート分岐やフラグ管理について、事細かに書かれているからだ。
何だか懐かしいな……。
私がまだ小学生だった頃。
スマホもパソコンも持っていなかったから、こうして手書きでゲームの攻略ノートを作った。お兄ちゃんも同じゲームにはまっていたから手伝ってくれた。2人であーでもないこーでもないと言いながら、ノートに書きこんだものだ。
お兄ちゃん……今は何をしているのかな。『フェアリーシーカー』は最後までプレイできたのかな。
ぼんやりと考えていたら、目の前が白くなって、私の頭が重くなった。一瞬だけ睡魔に負けて、かくんと首が傾いてしまう。
「今日はもう終わりにするか」
レオンの声で、私の意識は引き戻される。
「あ、ちょっと待って、お兄ちゃん!」
咄嗟に口走っていた。
「……は?」
レオンが眉をひそめて、私を睨む。
「あ……ごめん。寝ぼけてた。今のなし……って、ちょっと! 何でそんなに嫌そうな顔してるの!」
「いや……」
と、レオンは渋い顔で言う。
「お前が妹なんて勘弁してほしい。何をしでかすかわからないから、目が離せなくなりそうだ」
その言葉に私はむっとした。
「私だってあなたみたいなお兄さんは遠慮したいよ。怖いしおっかないし危険だし」
「……全部同じ意味だ」
「だって、私、本当に怖かったんだからね! いきなりナイフ突き付けてきて、『お前は何者だ』って! もうしばらくトラウマだったよ!? その言葉をNGワードにいれてやりたいくらい!」
「お前が何を言っているかわからない。今、そうとう眠いだろう」
レオンは呆れたように言って、席を立った。
「今日はもう戻る」
「うん。おやすみなさい」
振り返りもせずにレオンは部屋を出ていこうとする。裏の顔はとっつきづらくて、無愛想だなあ……と呆れながら、私はその姿を見送った。
レオンの背中が扉の向こうに消えていく寸前。
ぶっきらぼうな声が飛んでくる。
「怖い思いをさせたのは悪かった。謝る」
ばたんと閉まる扉。
私は呆然と立ち尽くした。
無愛想だけど、悪い人じゃないんだよね。
……おっかなくて、愛想がなくて、怖いけど!
◇ ◇ ◇
ところかわって、昼下がりの王宮にて。
アイルはいつものように中庭で剣の素振りを行っていた。
「レオン様、少しお話があります」
その声に、少年の猫耳はぴくりと反応を示す。
彼が顔を上げてみれば、侍女の1人――ルイーゼがレオンに耳打ちをしていた。そして、2人は真剣な表情で何かをささやき合った。
最近はこういうことが増えた。ルイーゼとレオンがやたらと2人きりで話し合っている場面を目撃するようになったのだ。何をしているのかと尋ねてみても、「仕事の内容について確認事項があるだけです」と返される。しかし、それは嘘なのではないかとアイルは思っていた。
今も真剣な表情で顔を見合わせている2人。それを遠目から見やりながら、アイルは呟いた。
「……最近、仲がいいな」
少年は自分でも気付かぬうちに、眉をひそめていた。
もやもやとした思いが胸底にわだかまる。
その感情の正体が何なのか――それは本人にとっても釈然としないものだった。




