22.イヤミ王子の罠にはまる
アイル様のところに通うようになって、数日が経った。
――とうとう奴が動き出した。
その日、私はメイド長・ダネットから命じられて、資料室の掃除を行っていた。
掃除自体はつつがなく終わり、その後の夕方のことだ。
私は突然、ダネットに呼び出された。
室内に入ると、彼女は険しい面持ちをしていた。そして、冷ややかな声で言い放った。
「今日の資料室の掃除はあなたにお願いしたはずよね」
「はい……」
「王宮の機密文書が1つ、行方不明になっているの。心当たりはない?」
「え!?」
私は仰天した。そして、「何も知らない」と必死に主張した。
しかし、ダネットは私の悪い噂を信じこんでいるうちの1人だ。疑わしげな視線を私に注ぐ。
「そう。何も知らないというのね。でも念のため、あなたの私室を調べさせてもらうわよ」
その時から、私は何となく嫌な予感を覚えていた。
そして――その予感は的中してしまった。
兵士が立ち会う中、ダネットが私の部屋を捜査する。ベッドサイドの引き出しを開け、顔をしかめた。
「ルイーゼ。これは何かしら」
ダネットは1枚の書類をとり出した。難しい文章がずらりと並んでいて、下部には王室の紋章が記されている。
当然、私にはまったく見覚えのないものだ。
「知りません!」
私は蒼白になって、叫んだ。
ダネットは険しい表情のまま、私を睨み付ける。
「なら、なぜこの文書があなたの部屋から見つかったの?」
「そんな……私、何もしてません。何も知りません」
「この期に及んでまだしらばっくれると言うのね。いいでしょう。詳しくは尋問官が聞き出してくれるはずよ。この女を捕えなさい」
「はっ!」
兵士がすばやく動いて、私の腕を拘束する。
「待ってください、メイド長! 私じゃありません! これは、きっと誰かが私をおとしいれようとして……!」
「さっさと牢に連れて行きなさい」
ダネットはうるさそうに顔をしかめて、目を逸らした。これ以上、私を視界に入れるのも嫌だと言わんばかりだ。
嘘でしょう……? あんまりな出来事に、体中の血液が凍り付きそうになった。ばくばくと心臓がうるさく鳴っている。
フランツ王子……いくら私の存在が邪魔だからって、普通、ここまでする?
こんな冤罪事件を起こしてまで、私を排除したいだなんて。これはもう嫌がらせの域を超えている。犯罪だ。
私は悔しさのあまり、ぎりっと唇を噛みしめた。
「おや……これは何の騒ぎかな?」
と、その時、廊下から楽しげな声が飛んできた。その声を聞いただけで、私はぞわっと身の毛がよだった。
廊下側から部屋を覗いているのは、フランツ王子とイグニスだった。フランツはひどく楽しげに、イグニスは目を丸くして私を見ている。
「フランツ様……! これはお見苦しい所を」
ダネットはすばやくその場に膝を着く。
私は奥歯がすり減りそうなほどに強く噛みしめた。
こいつ……! 「あたかも偶然です」という風を装っているが、絶対にタイミングを計ってやってきたにちがいない!
話を聞いていた通り、性根が腐りきっている。私のみじめな姿をわざわざ拝みに来たのだろう。
『全部、あんたが仕組んだことでしょう!?』私は感情のままに叫び出してしまいたかった。しかし、わずかな理性がそれを押しとどめた。今の私が何を言っても無駄だ。第二王子と私の発言のどちらがより重要視されるかなんてこと、火を見るよりも明らかだ。ここで私が妙なことを喚いたら、罪状が更に追加されるだけだろう。
頭がおかしくなりそうなほどに悔しかったけど、私は口をつぐんだ。
その代り、ぐっと眉を寄せてフランツを睨み付ける。こいつが見たいのは私がうろたえたり、怖がったりする姿にちがいない。思い通りの顔をしてたまるものか。
――許さない。
――あんたのことは、絶対に許さないからね。
強い目力で見据えると、フランツは、うっ、とひるんだ。散々、偉ぶっているくせに小心者というか、胆力はないらしい。こいつに比べたらアイル様の方が何万倍も肝が据わっている。
フランツはハッとしてから、取り繕うように言った。
「ふ、ふん……その女が何をやらかしたのか知らぬが、性分の悪さが顔付きに出ている。さっさと連れて行け」
「はっ、フランツ様!」
私は兵士に腕を引っぱられ、部屋から連れ出される。私は思い切りフランツのことを睨み付けてやった。フランツはふいと視線を逸らして素知らぬ顔だ。その後ろではイグニスが目を見開いて、私のことを見ている。
と、その時だった。
「――待て」
凛とした声が廊下から響く。
そちらを見やって、私は息を呑んだ。
フランツはぎょっとして目を剥いている。
「貴様……! なぜここに……!?」
廊下に佇む人影は2つ。
堂々とした立ち振る舞いは、フランツのものとは大違いだ。
そこに立っていたのは、フードをかぶった小柄な人物と、黒衣の騎士。アイルとレオンだった。
アイルは険しい表情で私とフランツを見比べる。それから凛と通る声で告げた。
「兄上はいつも僕のことを特別に気にかけてくれているからな。たまには僕の方から訪ねてみようと思ったまでだ」
射抜くような視線で、アイルはフランツを見やる。
「話をしようか。兄上」




