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魔法の授業

 よーし、今日からジェイド君に魔法を教えて貰うぞー。

 と、張り切って目覚めた朝、

 なんと外には雪が積もっていた。初雪だ。積雪は2~3センチくらい。


「ヴィンセントさん、寒いよう。ベッドから出たくないよう」

「我慢するのだ。カツサンドを作っている間に、温かいスープを買ってきてやるから」


 言いながら「着られる毛布」を私の肩にかけると、近くの屋台でスープを買ってきてくれた。

 一口飲むと身体の奥に温かさが染み入る。

 はー生き返る。

 それにしても、着られる毛布はもう一着あったほうが良いかな……。

 

 そうして食事を済ませ、出かける準備をすると、今日もヴィンセントさんと手を繋ぎながら、雪で少し景色の違う学校への道を行くのだった。


 しかし、これじゃあジェイド君にお昼に魔法を教えて貰えないじゃないか。雪の上に直に座るわけにもいかないし、何より寒いし。


 そういえばジェイド君て何組なんだろう。二年生ということはわかったけど、それ以外の詳しい事は何も知らない。

 ミリアンちゃんに聞いてみようかな。





「ジェイド・グランデール? もちろん知っていますわよ。二年生の学年トップの子でしょう?」


 ミリアンちゃんにジェイド君のことを尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 が、学年トップ? そんなすごい子だったのか。

 ミリアンちゃんの情報(正確にいうとミリアンちゃんの「妹ちゃん」情報)によると、ほとんど他人と関わらない変わり者で通っているらしい。そういえば、読書を邪魔した時も嫌味を言われたしな。私の歌声を雑音とか。


 しかしそんな子に魔法を教えてもらえれば、私もすぐにマジカルプリンセスになれるかも!

 でも、こんな雪の日にあの場所にいるかな? いたとしても寒くて勉強どころじゃない。

 悶々としながらもとりあえず昨日の場所へ行くと、見覚えのある黒髪が目に入った。

 木陰に立ちながら、それでも読書をしているジェイド君。むむむ。さすが学年トップ。こんな時でも勉強にいそしむとは。


「こんにちはジェイド君。約束通り来てくれたんだね。ありがとう」


 ジェイド君は顔を上げると


「言ったでしょう? 僕はこれでも義理堅い男だって」


 人との関わりを避ける変わり者って聞いたけど、ちゃんと約束を守ってくれる律儀男子ではないか。


「しかし、さすがにここでは何もできませんね。とりあえず室内に移動しましょう」


 そうして連れてこられた先は「第三図書準備室」とのプレートが掲げられた部屋。

 中に入ってみると、人の気配はおろか、本もない。空っぽの本棚が並んでいるだけ。仮にも「図書準備室」という名にもかかわらず。


「ここは主に廃棄される予定の本が集められる部屋なんです。この様子だと、処分されたばかりのようですね」


 室内をぐるっと見回すジェイド君。

 たしかにここなら、食事と勉強にちょうどいいかも。早速隣り合って腰掛けるとお弁当を広げる。

 

「それで、どんな魔法を使いたいんですか?」


 サンドイッチを食べながら、ジェイド君に問われる。


「ええとね、ええとね。火のでる魔法。あ、でも攻撃できるような強力なやつじゃなくて、暖炉やかまどにすぐ火をつけられるくらいのやつ。と、あとね、あとね――」


 夢が広がりまくりの私は、かねてからあったら便利だなと思っていた魔法を口にする。


「随分スケールが小さいですね」

「な……それじゃあジェイド君はどんな魔法を使うの?」


 ジェイドくんが眼鏡を押し上げる。

 

「それは攻撃に適した威力のある魔法ですよ。いつ他国や魔物が攻めてくるかわかりませんからね。そのための魔法学院です。暖炉に火をつけて喜んでいるようじゃ子供のお遊びも同然ですね」


 うーむ、辛辣だ。


「でも、まあ、炎の勢いを調整することも、魔法使いとしては大切ですからね。まずはロウソクの火程度を目指して頑張りましょうか」


 あ、ちょっと優しい。フォローしてくれたのかな。





「まずは出したい炎の大きさをイメージします」

「うんうん」

 

 食事を終えて落ち着いた後で、早速ジェイド君の個人授業が始まる。


「僕の後に続いて唱えてください『炎の精霊よ。我が呼び声に応えたまえ……(フレア)


 すると、ジェイド君の指先に、ぽっとロウソクのような炎が灯った。


「わあ、すごい!」

「感心してる場合じゃありませんよ。はい、呪文を唱えて」

「あ、は、はい。ええと……『炎の精霊よ。我が呼び声に応えたまえ……(フレア)』」


 その瞬間、私の手のひらの上に拳大の炎が出現した。ロウソクの炎どころじゃない。


「うわっ、ど、どうしよう。ジェイド君、これ、どうしたらいいの!?」

「落ち着いて! 心の中で『消えろ』と念じれば消えますから!」


 き、消えろ消えろ消えろ消えろー!


 すると炎はすっと消えた。手を見るも火傷もしていない。ふしぎ。これが魔法なのか。

 ともあれ魔法は成功したのだ。


「やった! できたよ! 炎の魔法!」


 ちょっと想定とは違って燃えすぎたけど。

 ジェイド君を振り返ると、彼は何故か呆気にとられたような顔をしていた。


「どうしたの? ジェイド君」

「……ユキさん、本当に魔法を使うのは初めてなんですか?」

「え? う、うん、そうだけど……」


 その答えに、何か考える様子のジェイド君。やがて眼鏡をくいっと上げると


「初めてで簡単にあの大きさの炎を出せるとは……もしかするとユキさんには魔法の素質があるのかもしれませんね」

「あ、それ言われた事あるよ。鍛冶屋のドワーフの親方さんに。だからこの学校に入学を決めたんだもん」

「なるほど。そういうわけですか」

「でも、今の教科書だとレベルが高すぎるのか全然わからなくて……だからジェイド君が教えてくれてすごく助かったよ。これからもお願いして良いかな?」

「構いませんよ。ただし……サンドイッチと引き換えで」


 ここでもカツサンドは強いなあ。





 その日の夜、ヴィンセントさんは仕事の締め切りが近づいているという事で、私は先に一人で寝る事になった。

 寝る準備を整えた後で、机に向かうヴィンセントさんに呼びかける。


「ヴィンセントさん。わたし今日、便利な魔法を覚えたんですよ」


 手を頭上に掲げると


(ライト)


 と唱えると、バレーボールくらいの大きさの光球が現れた。

 呪文を唱えなくてもちゃんと魔法が発動するのは「詠唱キャンセル」とかいうものらしく、上級者が可能なテクニックらしい。私は魔法の素質があるからできるのだとか。炎の魔法も、あの呪文を唱えなくても良いらしい。


「ランプの明かりだけじゃ心もとない時もあるでしょ? これならお仕事もスムーズにできるんじゃないかと思って」

「おお。素晴らしい魔法だな。これなら暗部までよく見える」

「2~3時間で消えるそうなので気を付けてくださいね」

「ああ、感謝するぞ」


 ヴィンセントさんは目を細めながら私の頭を撫でてくれた。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 今日は収穫の多い日だったなあ。あの炎の魔法があれば、すぐにストーブに火をつけられるし、かまどに火を入れられる。光球の魔法も役に立ちそうだし。次は何の魔法を習おうかなあ。

 ベッドに横になりながら、眠りに落ちるまで考えていたのだった。

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