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ラ・プリンセス

「はい?」


 え、私がラ・プリンセス?

 周囲も驚いたのかしんと静まり返り、みんな呆然としたような顔をしている。


「ま、待ってくださいアトレーユ様。そいつ亜人ですよ? おまけに庶民の出だとか」


 取り巻き男子の戸惑いの声に、アトレーユ様は微笑んだ。それはもう天使のような笑顔で。


「変わり種もたまにはいいと思わない? 面白そう」

「そんな! アトレーユさま、それならわたくしはどうなりますの!?」


 現在ラ・プリンセスを務めているという金髪美少女がアトレーユ様に詰め寄る。

 アトレーユ様は美少女を一瞥すると


「ああ、君はもうラ・プリンセスじゃないね。もう僕と一緒にいなくてもいいんだよ。今までありがとう。それなりに楽しかったよ」


 なんともあっさり切り捨てる。


「そんな……そんな……」


 女生徒はしばらくわなわなと震えていたが、ふいに顔を両手で覆いながら走り去ってしまった。

 なんともカオスな状況だ。これではまるで恋愛関係のもつれみたいではないか。私はなにもしていないのに……!


 アトレーユ様は何事もなかったかのように、私に顔を向ける。


「お古もいなくなってすっきりした。子猫ちゃん。今から君が新しいラ・プリンセスだ。さあ、一緒のテーブルで食事の続きでもしようか」


 だからその「子猫ちゃん」って呼び方やめてーー!! 恥ずかしい!


 おまけにそのラ・プリンセスってめちゃくちゃ厄介そうな制度だ。粗相をしたら縛り首とかにならないよね? だって相手は王子様なんだから。ここはなんとか回避せねば!


「ええと、アトレーユ様、大変光栄なことだとは思いますが、残念ながら私にはラ・プリンセスを務めることはできません」


 アトレーユ様が目を瞠る。


「なぜ?」


 私は左足に着けたアンクレットを示す。

 

「この左足のアンクレット。『誰かの所有物である証』です。つまり、私にはそれを贈ってくれる人物がすでにいるのです。ラ・プリンセスがどんなに名誉な事だろうと、私はその人を裏切れません。たとえラ・プリンセスが校内限定の話だとしても」

「つまり、君はその飼い主以外には懐かないと」

「飼い主じゃありません。配偶者です。私、結婚してるんです」


 私の言葉に周囲がざわめいた。

 どうだどうだ。いくら王子様だからって、倫理的に考えて、まさか人妻を好き放題連れまわすわけにもいくまい。


「既婚者」という最強のカードを提示した私に対して、アトレーユ様はきょとんとした顔をしていたが、やがてふわりと微笑んだ。


「なんだそんな事。僕は君が既婚者であろうと気にしないよ。ラ・プリンセスといっても、所詮は本当のプリンセスってわけじゃないし。君も気楽に考えてよ。退屈させないからさ」


 な、何を言い出すんだこの人は!


「私は気楽に考えられません! ともかく、このお話は無かったことにしてください」


 そう言い切った途端、周囲のざわめきが大きくなる。


「まさか、アトレーユ様のお誘いを断るなんて……」

「あの亜人、ただじゃ済まないぞ……」


 え、なに? 何かまずい事した。

 思わずミリアンちゃんの方を見ると、彼女は深刻そうな顔をして眉間に皺を寄せている。


「あはは、面白いな。これはなんとしても君をラ・プリンセスにしないと、気が済まなくなってきた。知ってる? 僕は欲しいものは必ず手に入れないと満足しない性格なんだよ」


 そんなの知らない。ていうか、人妻だろうと侍らせたいとか、人として最悪じゃないか。絶対関わりたくない。とりあえずここから逃げないと。

 私は咄嗟に窓の外を指さす。


「あっ! あそこに空飛ぶブタが!」

「え?」


 みんなが窓に顔を向けている間に、お弁当を素早く片付けると、ミリアンちゃんに「ごめん、先に行ってる」と小声で告げて、王子様達の横をすり抜け、なんとか学食から脱出したのだった。





「厄介な事になりましたわね」

「ほんとだよ……どうして私がこんな目に……」


 お昼休みの終わる直前、私は教室の机に突っ伏していた。

 ミリアンちゃんが身を案じてくれるが、心は晴れない。


「そういえば、ミリアンちゃんはラ・プリンセスに選ばれた事は無いの?」

「ありませんわ。今後も無いでしょうね」

「どうして?」

「アトレーユ様は、ご自身より背の高い女子はお好みではないのです」


 なるほど。確かにミリアンちゃんは背も高くて下級生からも慕われるタカラヅカ系だ。

 あー、私も明日までに背丈が15センチくらい伸びないかなあ……。


 そんな事を考えていると、同じ教室内にいた女子数名が、私の目の前にやってきた。


「ちょっとあなた、アトレーユ様のお誘いを断るなんてどういうつもりなの!? しかもラ・プリンセスよ!? ラ・プリンセス!」

「そうよ! 私だってお声が掛かるのをずっと待っているのに、どうしてあなたなんかが!」


 女子達はすごい勢いで私に詰め寄ってくる。

 私だって代われるものなら代わりたい……。


「だ、だから、アトレーユ様にも説明したけど、私、結婚してるから……ほら、証拠のアンクレットもあるし」


 左足を見せるも


「どうかしらね。その場しのぎの嘘かもしれないわ。だってあなた、指輪をしていないじゃないの」

「うっ……」


 痛いところを突かれた。でも仕方ないじゃん。ヴィンセントさんとの約束なんだから。


「結婚なさってるというのなら、証拠をみせなさいよ。証拠を」


 そ、そんな事言われても……アンクレット以上の証拠なんて……。


「あなた達。いい加減になさい。ユキさんが困ってるじゃないの」

「マクシミリアンさん、あなたは関係ないでしょう? 証拠を見せて頂ければ、私達だって大人しく引き下がるわよ」


 ミリアンちゃんまで巻き込んでしまっている。非常に申し訳ない……。

 と、そこで私はある事を思い出して、がたりと椅子を蹴って立ち上がった。


「わかった! それじゃあ放課後に証拠をみせるから、疑ってる人たちは校門の前に集合!」

「本当ですのね? 放課後に証拠を見せるって。約束ですわよ」

「ほんとほんと。だから落ち着いて席について。授業も始まっちゃうよ」


 私がなだめると、女子達はしぶしぶながら解散していった。




 そして訪れた放課後。

 校門の周辺はちょっとした人だかりができていた。

 こんなに野次馬がいるなんて予想もしなかった。その中にはアトレーユ王子もいる。何故だ。私はあの数人の女子にしか言ってないのに、こんなに広まるだなんて。しかも私の発言の真偽に対して興味のある人がこんなにいるだなんて。

 

 そんな気まずい空気の中で、私は若干遠巻きにされながら立っていた。

 ミリアンちゃんだけが心配そうに付き添ってくれている。

 

 私はじっと道の遠くを見つめる。

 一秒が何分にも感じる。嫌なプレッシャー。

 

 どれくらい経っただろう。例の女子グループのうちの一人が話しかけてきた。

 

「あなた、いつ証拠を見せてくださるの? やっぱりでたらめを言っていたんじゃなくて?」

「ち、違うもん。もうすぐ証明できるもん!」


 その時。遠くから見覚えのある緑色が見えた。そこから咲く白い花。

 ヴィンセントさんだ。

 授業が終わったら迎えに来てくれると言っていた。私はこれを待っていたのだ。

 もしかして、絵を描くのに夢中になって忘れているんじゃ、なんて思っていたけれど、ちゃんと約束を守ってくれたんだ。


「ヴィンセントさん!」


 私が呼びかけると、ヴィンセントさんは軽く手を挙げながら近づいてきた。


「なんなのだ、この人だかりは。お前の入学祝いか?」

「後で説明します。とりあえずこっちに来てください」


 私はヴィンセントさんの腕を引くと、校門付近の生徒達を見回す。


「皆さーん! これが私の旦那様です! 納得していただけましたか!?」


 呼びかけるも返事が無い。何故かみんな呆然としたように私たちを眺めている。

 いや、女子の間からは「かっこいい……」などという囁きも聞こえる。

 そうだろうそうだろう。かっこいいだろう。充分に堪能したまえ。


「そういうわけで、これで失礼しますね! 皆さんまた明日!」


 厄介な事にならないうちにヴィンセントさんの手を引きその場を立ち去った。




 道すがら、事情を説明すると、ヴィンセントさんは私の耳を撫でる。


「それは大変な目に遭ったな。耳毛が抜けないでよかった」

「ヴィンセントさんの弟さんにも纏わりつかれそうになったし……」

「弟と言われてもな。我輩が城にいた頃には産まれていたかどうかも定かではないし……正直実感が無いな」


 そうか。ヴィンセントさんは幼い頃に庶民の家に引き取られたんだっけ。亜人だからとかいう信じられない理由で。

 あ、そうだ。亜人と言えば……。


「そういえばヴィンセントさん。聞きましたよ」

「何の話だ?」

「とぼけないでください! この国には魔法学院の他に、一般市民や亜人の通う魔法学園があるって! どうしてそっちに入学できるよう手続きしてくれなかったんですか!?」

「それは、理由があって……」


 ヴィンセントさんは口ごもる。


「どんな?」


 問い詰めると、ヴィンセントさんは言い辛そうに口を開く。


「…………魔法学園は全寮制なのだ」

「あ、それは確かに駄目ですね……」


 私は明日からも魔法学院に通う事を選択した。

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