0042話
「無事でしたか。こちらの力不足で迷惑をかけてしまって、申し訳ない。私はラリアント騎士団、第三小隊隊長のモリク・ガイブスです」
盗賊たちが全滅したあと、現れた騎士や兵士たちを率いる人物は、自己紹介をした後でイルゼンとレオノーラの二人に対して深々と頭を下げる。
年齢としては三十代ほどで、顔立ちも整っているだろうモリクは、心配そうにイルゼンたちを見ていた。
だが、イルゼンたちが全く怪我をしていないというのを見ると、少しだけ意外そうな表情を浮かべ、すぐに納得する。
「もしかして、貴方たちは探索者の方々ですか?」
「ええ、私は雲海を率いているイルゼン。こちらが黄金の薔薇を率いているレオノーラさんです」
「何と!? それはもしや、スタンピードを……」
どうやらドーレストで起きたスタンピードの一件については、すでにここまで情報が広がっていたのだろう。
もっとも、スタンピードというのはそれだけ大きな一件なのだ。
それこそ、村や街といった規模では抗うことも出来ず、一方的に蹂躙されるという結末しか存在しないほどに。
ドーレストは、城塞都市だからこそスタンピードを耐え抜くことが出来たのだが、それ以上に重要な役割を果たしたのは、当然ながらアランとレオノーラの二人だ。
そんな重要な情報が、伝わらない訳がなかった。
日本にいたときと違ってネットや携帯電話の類は存在しないが、遺跡から発掘された中でもまだ使える物というのは、それなりの数がある。
その中には通信機に似たマジックアイテムも存在しており、数こそ少ないが領主同士、それぞれのギルド同士といった具合に簡単な通信網が作られていた。
だからこそ、アランたちのスタンピードの一件についても、モリクは知っていたのだろう。
「そんな感じです」
「そうですか。……ちなみに、噂の二人は……」
「私と、そっちにいるアランよ」
モリクの言葉に、レオノーラは笑みを浮かべつつアランに視線を向け、そう告げる。
その言葉に男はアランに視線を向けるが、一瞬ではあったが不思議そうな表情が浮かぶ。
とてもではないが、噂に聞いたほどの実力を持っている人物であるとは思えなかったのだろう。
イルゼンはそんなモリクの様子に、内心で浮かべた笑みを押し殺す。
生身のアランを見れば、一定の実力を持つ者であれば、誰もがこのような反応をするのだろうと。
不幸中の幸いだったのは、表情が変わったのが一瞬だったおかげで、アラン本人はそれに気が付かなかったことだろう。
レオノーラやイルゼンはそれに気が付いたのだが。
「そうですか。その、もしよければ一緒に来て貰えないでしょうか? 盗賊たちにかかっていた賞金の分配もありますし、盗賊たちのアジトから得られるだろう品の件もありますので」
盗賊の持っていた財産……具体的には人から盗んだり奪ったりとして得られたお宝の類は、基本的に盗賊を倒した者が所有権を得る。
また、生け捕りにした盗賊を奴隷として売り払ったり、その盗賊に賞金が懸けられていたりした場合にも、当然のようにそれは倒した者たちが得られる。
だが、今回この盗賊たちを倒したここには、現在三つの勢力が存在する。
そのうち、雲海と黄金の薔薇は共に行動しているということもあって、得られた臨時収入にかんしては、そこまで気にする必要はない。
しかし、もう一つの勢力……騎士や兵士といった者たちがいる以上、自分たちだけで決める訳にはいかない。
そういう意味では、騎士団の小隊長たるモリクの言葉は決して間違っている訳ではないのだろう。
「そうですか。では、モリクさんの提案に従うとしましょう」
「え?」
イルゼンの口から出たのは、モリクの言葉に従ってラリアントに行くというものだった。
アランもラリアントというの都市のことは知っている。
現在アランたちがいるシュナイズという国の国境付近にある都市で、近くには遺跡やダンジョンの類もいくつか存在していると聞いている。
だが、当初の予定ではラリアントには寄っても各種補給をするだけで終わらせ、国境を越えて隣国に向かおうという目的だったはずだ。
それこそ、アランとレオノーラの一件も、国を跨げば完全に……という訳ではないにしろ、ある程度は収まるだろうと考えて。
だというのに、何故ここでわざわざそこまでラリアントに深入りするのかというのは、アランにとって純粋な疑問だった。
とはいえ、この手の交渉ではアランはイルゼンの足下にも及ばない以上、下手に口出しするような真似はせず、じっとしていた方が最善の結果をもたらすのは間違いない。
レオノーラも、交渉にかんしてはイルゼンに任せると決めているのか、何か言ったりはしない。
こうして、アランたちはモリクに導かれるようにラリアントに向かうのだった。
「へぇ、あれがラリアントか」
馬車の中から見えた都市の姿にアランは何でもないように呟く。
盗賊たちと戦ってから、数時間。
夕方になり始めた時間に、アランたちはラリアントに到着していた。
夕暮れの光によって赤く染められたラリアントは、どこか幻想的な光景であり……同時に、不吉な予感を抱かせるような光景でもあった。
血の赤、炎の赤。
赤を見れば、そんなイメージが湧いてくるからだろう。
いや、これで草原の類が夕暮れで赤く染まっているのであれば、そこまで不吉な予感といったものはなかったのかもしれない。
夕日の赤に染まっているのが、ラリアントの城壁だからこそ、そのように思ってしまうのだろう。
そう、このラリアントはドーレストと同じく城壁都市だった。
とはいえ、ラリアントが城壁都市として発展したのは、ドーレストのように近くにダンジョンや遺跡が多数あるからという理由ではなく、国境沿いにあるという立地条件からくるものだ。
隣国とは現在戦争状態という訳ではないのだが、それでも警戒しない訳にはいかない。
そのため、いざ隣国が攻めて来たときに対処出来るよう、城壁都市が築かれたのだ。
「それで、イルゼンさん。ラリアントにはどれくらい滞在するんです? 当初の予定では、食料とかを補給したら一日かそこですぐに旅立つという予定でしたが」
アランと一緒の馬車に乗っていた雲海のメンバーの一人がイルゼンにそう尋ねる。
その一件については、他にも気になっている者がいたのか、アランも含めて馬車に乗っていた全員の視線がイルゼンに向けられるが、視線を向けられた本人はいつもの飄々とした笑みを浮かべながら口を開く。
「実は、少し前に食料の補給のために寄った街があったでしょう? あのとき、ちょっと興味深い話を聞きましてね」
「……興味深い話ってイルゼンさんが言うと、面倒が待ってるようにしか思えないな」
イルゼンに尋ねたのとは別の人物がそう告げると、言われた本人以外の全員がそれに同意するように頷く。
実際、今まで同じようなことが何度かあったことから、その言葉には強い説得力があった。
それらも最終的には雲海にとっての利益にはなったのだが、その利益に辿り着くまでにはかなり大変なのだ。
そしてイルゼンがそう言った時点で、恐らくまた何か大変な目に遭うのだろうというのは、この馬車にいる者……いや、雲海に所属する者であれば、誰もが納得してしまう。
(せめて、スタンピードほどに酷いことにならないといいんだけど)
鉱石と蔦という妙な存在によって起こされ、最終的にはそれを破壊したことによってスタンピードを収めたアランは、しみじみとそう思うのだった。
「では、皆さんはこちらにどうぞ」
ラリアントの中に入った雲海と黄金の薔薇が案内されたのは、騎士団の詰め所……といった場所ではなく、領主の館だった。
モリクはイルゼンとレオノーラ、それ以外の面々にそう言うと、自分はまだ仕事があるのでといった様子で去って行く。
用意されたこの部屋にいるのは、アラン、イルゼン、レオノーラ、それ以外にも雲海と黄金の薔薇の中の数人のみ。
他の面々とは引き離された形ではあるが、その件についてはアランも別に心配していない。
こうして丁寧な扱いを受けている以上、他の面々も相応の扱いは受けているのだろうし、もし何か問題が起こったとしても、リアやニコラス、それ以外の面々がいれば、全く問題がないと理解出来たためだ。
「こうして私たちを別の場所に連れて来たというのはともかく、アランがこっちにいるということは、恐らくそういうことなんでしょうね」
少しだけ面倒そうな様子で呟くレオノーラ。
アランも、レオノーラが何を言いたいのかは理解しているので、それ以上は何も言わない。
この場に自分がいるというだけで、その理由は明らかだったのだから。
「こういう大きな都市を治めている領主にしてみれば、俺やレオノーラの心核には興味津々だし。……イルゼンさん、何か興味深いことを聞いたとか言ってましたけど、もしかして俺たちが戦争に使われるとかじゃないですよね?」
「取りあえず、今のところはそんなことはありませんね」
取りあえず、今のところ。
そんな言葉を聞かされると、そんなことはないと言われても素直に納得出来るようなものではない。
特にイルゼンはその飄々とした……いや、いっそ胡散臭いと言ってもいいような態度をするので、余計にそう思ってしまう。
「戦争とかに参加すると、稼ぎはいいんだけど……怨恨がちょっとね」
この場にいる中で雲海のメンバーの一人がそう告げる。
戦争になれば、当然のようにその当事者たちは戦力が欲しい。
特に心核を持っているような存在は、是が非でも欲しいと思って当然だろう。
もちろん、基本的にはあくまでも戦争に協力するのは個人の意志であって、強制は出来ない。
そして戦争に参加すれば……そして活躍すれば、報酬は当然多く貰える。
だが、心核使いは当然のように目立つので、その心核使いに殺された者の仲間や家族恋人……そのような者たちに狙われるということは十分にある。
それを思えば、いくら報酬が良くても戦争に参加しない方がいい……というのが、雲海としての認識だ。
そうして話していること、十数分。
やがて、部屋の扉がノックされるのだった。




