0020話
「あそこか」
「そうね。……あら、でも思ったよりも人がいるみたいだけど……」
馬車に乗りながら、視線の先に見えてきた遺跡を眺めつつ、アランとレオノーラは言葉を交わす。
「ぴ!」
そんな二人の会話が羨ましくなったのか、アランの手の中の心核……カロが、鳴き声を上げる。
この馬車に乗っているのは、アランとレオノーラの二人だけだ。
だからこそ、カロが好きなように鳴き声を上げても、何も問題はなかった。
……もっとも、視線の先には五人くらいの探索者たちがそれぞれ休んでいるのが見える。
レオノーラが口にしたように、アランたちが予想していたよりも探索者の数は多い。
とはいえ、別に探索者が並んでいる訳でもなく、遺跡に入ろうと思えば容易に入ることが出来るだろう。
(絡まれないといいけどな)
馬車の御者台の上で手綱を手に、アランは微妙に嫌な予感を覚える。
今回はアランとレオノーラの二人だけで遺跡を探索するということで、馬車も雲海で使っている幌馬車が一台だけでの行動だ。
そんな中で、アランはともかくレオノーラは非常に目立つ。
絶世の美女という表現が相応しく、それだけにアランと一緒に行動していれば、その美貌に目が眩んだ質の悪い探索者に絡まれるのではないか。
そう思ったのだ。
実力で黄金の薔薇を率いているレオノーラだけに、その辺の探索者を相手にしても容易に倒すことは出来るだろう。
だが、それはあくまでもレオノーラの話であって、アランは別だ。
心核のカロを使ってゼオンを呼び出せば話は別だが、生身のアランは決して強い訳ではない。
いや、むしろ純粋に弱い。
剣と魔法のどちらも才能がなく、毎日のように訓練しても一人前とは呼べない程度の腕しかないのだ。
だからこそ、本職の探索者に絡まれるような真似をされれば、対処出来ない。
まさか、対人戦にゼオンを呼び出すなどといった真似をする訳にもいかないだろう。
それこそ、もしゼオンを呼び出せばその辺の探索者は敵ではないが、今度はアランの方が過剰戦力となるのは間違いない。
「大丈夫よ」
アランの態度から、何を考えているのか察したのだろう。
レオノーラは、安心させるようにそう告げる。
何故そう言い切れるのか、アランには分からなかった。
だが、レオノーラの性格を考えれば、ここでそのような出鱈目を言っても意味はない。
そう判断し、アランは馬車を駐車場に停める。
もっとも、駐車場と言っても、その辺の草を適当に刈っただけの場所なのが。
他にも何台か馬車があり、簡単ではるが厩舎の類もある。
「……そこまで探索者は来ないだろうに、よくもまぁ、こんな場所を作ったな」
「あら、昨日言ったでしょ? 今は寂れているけど、一時期はここでサミラナの実が採れるということで、結構賑わっていたって。その名残でしょ」
サミラナの実というのは、虫下しの薬を使うのに必要な素材だ。
それがなければ薬が作れない訳ではないが、気楽に採取出来るということで、人が集まって採取したのだろう。
「そう言えば言ってたな。……取りあえず、ちょっと待っててくれ。手続きをしてくるから」
そう言い、アランはレオノーラを降ろして厩舎に行き、そこにいた人物……探索者ギルドから派遣されている人物に馬と馬車の世話を頼み、レオノーラの場所に戻る。
不思議なことに、てっきりその辺にいる探索者がレオノーラにちょっかいをかけるのかと思っていたのだが、そのようなことはなかったらしい。
(何でだ?)
自分の予想が外れたのは嬉しかったが、それでも疑問は残る。
そんなアランに、レオノーラは得意げな笑みを浮かべて口を開く。
「ある程度の実力になれば、相手がどれだけの実力を持っているのかは分かるのよ。もっとも、それも正確じゃないし、具体的にどの程度の強さなのかといったところは、人によって違うけど。ただ、それでも私にとっては十分だったわ」
それは、この場にいるどの探索者よりもレオノーラが強く……それも、自分たちでは手が出せないと思えるほどの力を持っているということを意味していた。
中規模のクランではあるが、黄金の薔薇を率いるだけの実力は間違いなく本物だと、そういうことなのだろう。
アランはそう思いながらも、同時にクランを率いる人物がそこまで強くなければならないという訳ではないのも、理解している。
何故なら、雲海を率いるイルゼンは個人としての能力だけでみれば、そこまで強力という訳でもないのだから。……それでも、明らかにアランよりは上なのだが。
今さら、本当に今さらの話ではあるが、そのことに対して微妙にショックを受けながらも、アランはレオノーラを見る。
アランから見たレオノーラは、とてもではないが強いとは思えない。
もちろん、実際に強いのは知っている。
何しろ、カロを手に入れた遺跡において、一人で……それも心核を手に入れる前に、石の騎士を一匹であっても倒したのだから。
そのうえ、心核を使ったときの姿は巨大な黄金のドラゴン。
そんなレオノーラを、強いと思うなという方が無理な話だった。
だが、それはあくまでもアランが実際に自分の目で強いところを見ており、さらには黄金の薔薇という、雲海と同規模のクランを率いているということを前提条件として知っていたから、というのが大きい。
その辺りの事情をもし知らなければ、アランはレオノーラを見ても強いとは思えなかっただろう。
つまり、アランの実力が低く、レオノーラが言うところの一定以上の実力の持ち主ではないということを意味していた。
アランもそれを理解していたからこそ、それ以上はその件については何も言わず、別のことを口にする。
「それより、早く行こうぜ。あまり時間は掛けられないんだし」
「そうね。……じゃあ、行きましょうか」
そう言い、レオノーラはいつでも腰の鞭を抜けるようにしながら、遺跡の中に入っていく。
アランはそんなレオノーラの後ろを、長剣を抜いた状態で進む。
本来なら、何かあったときすぐに反応出来るように、武器は抜き身で持っていた方がいい。
そのような状況であってもレオノーラが鞭を腰につけたままなのは、鞭という武器の特殊性が影響している。
かなりの長さを持つ鞭は武器を抜いて歩くとなると、それこそ先端を丸めて畳むようにして持っていくか、もしくは床を引きずらせながら歩くしかない。
レオノーラとしては、その辺りの事情から今のスタイルになっているのだろう。
「あ、俺が前に出た方がいいか? 一応武器が長剣だし」
「……分かったわ。お願い出来る?」
レオノーラとしては、それこそ自分が前に出て戦った方がやりやすいのは間違いない。
だが、今回この遺跡に二人でやってきたのは、あくまでもアランのことをよく知るというのが最大の理由となる。
また、鞭は中距離で戦うのを得意としているのも事実で、アランの援護をするという意味でも、悪手という訳ではない。
こうして、二人は遺跡に入り、中を進む。
「この遺跡で出て来るモンスターは昨日教えたから、覚えてるわよね?」
「ああ。魔法の人形だろ?」
「それと、自然に住み着いた各種モンスターね」
ダンジョンと同じく、遺跡にも自然とモンスターが住み着くというのは珍しい話ではない。
遺跡の類はゴーレムや魔法の人形、それ以外にも様々な存在がおり、侵入者を見つければ攻撃してくることも多い。
それらはどのような判断によってなのか、人間以外の相手……モンスターや動物には、攻撃をしたりしなかったりと、様々だ。
だからこそ、遺跡の中には攻撃されないで住み着いており、場合によっては繁殖すらしているモンスターがいるのは間違いない。
「この遺跡はそこまで大きな遺跡でもないから、その辺はあまり心配いらなかったんじゃ……」
そう、アランが言った瞬間、不意にアランの頭の中に声が響く。
『備えよ、常に』
「え?」
慌てて周囲の様子を窺うアランだったが、自分の周囲にいるのは当然のようにレオノーラだけだ。
だが、間違いなくアランの頭の中には声が聞こえてきたのだ。
それが一体誰の声なのか……と考え、もしかして心核を手に入れたときの空間で聞こえてきた声か? とも思ったが、アランの記憶にある限りでは、そのときの声とは間違いなく違っていた。
「どうしたのよ、急に」
レオノーラにしてみれば、突然アランが声を出しながら緊張した様子で周囲を見ていたのだから、気になるのは当然だった。
だが、アランにしてみれば、むしろそんなレオノーラの行動の方が意外でしかない。
「どうしたって……聞こえなかったのか、今の声が?」
咄嗟に尋ねつつ、そう言えば心核を手に入れた場所で聞こえたのも、自分だけだったとアランは思い出す。
実際、レオノーラはアランの言葉に何を言ってるのか分からないといった様子で視線を向ける。
「声? 何も聞こえなかったけど……」
「そうか」
やっぱりか。
そう思いながら、アランはどうするべきか考えつつ、結果として正直に話すことにする。
レオノーラと共に行動する以上、情報は共有しておいた方がいいと思ったからだ。
また、同時にレオノーラが自分よりも格上……それも圧倒的なまでに格上の存在であるのは間違いない以上、声の一件にかんして、アランには気が付かなくてもレオノーラなら気が付く何かがあるかもしれないという思いもあった。
「実は声が聞こえた。それも普通の声じゃなくて、レオノーラが心核を使ってドラゴンになったときに使うような、頭の中に直接響くような声を」
「……本当?」
そう言いながらも、レオノーラの目にアランを疑う色はない。
そもそもの話、ゼオンという、色々な意味で規格外の存在を呼び出すような能力を持っているのだから、そのくらいのことはあってもおかしくないと、そう判断しているのだろう。
「ああ、本当……って、言ってる側から!」
本当だと、そう頷こうとしたアランだった、次の瞬間には見覚えのある光が足下に生み出され……そして、これもまた見覚えのある光によって、視界が染められるのだった。




