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第五十四話 女見せてやろうじゃねぇか


……

………

…………


「……………ぶはっ!!!」


息苦しさを覚え飛び起きると、目の前にはニッコリと笑った男の顔がぼわんと浮き上がった。


「ひっ…」


ついに!?つつつついに出た!?ねぇ!?出た!?なんて、慌てて目を擦れば耳に届く聞き覚えのある声。


「クスッ…いつまで昼寝してるんですか?」

「へ…あ、総司、くん?」


よく見りゃやっぱりそこには総司くんの姿があった。意地悪そうに笑ってますよ、おい。

しかもわざとらしく提灯を首元なんぞで照らしてるから、怖さ倍増じゃねーか。

つーか私、いつのまにか昼寝しちゃってたのか。


「えっと…もう、夜?」

「ええ。皆さん広間でお酒呑んでますよ」

「は!?なんで起こしてくれないの!?」

「起こしたでしょ?鼻つまんで」

「ああ、だから息苦しかったのか…じゃなくて!!もう!普通に起こしてよ!」


そう言えば、総司くんは「寝顔、すごく不細工でしたよ。歳三さんてばすごいなぁ…」なんて言いやがった。

うるせい!!よけいなお世話だっつーの!!

それはもう、本人が一番よくわかってますから!!

しかし半目で寝る私を見て、よく歳さんは冷めないなぁと感心する次第であります。本当。


「そういや由香さん」

「なんですか!」


まだ心底可笑しそうに笑う総司くん。

ぷりぷりしながら返事をすれば…


「言わなくてもわかってますよね?昼間のこと」

「…あ」


そうだ、そうだった!昼間、総司くんのスキャンダルを目撃したんだったぜ!!


むっふふ~どうしよっかなぁ~

皆に黙っててほしかったらなんかオゴってよ~

………なんて冷やかし気分で、新選組一番隊組長の沖田総司にそう言った私が間違ってた。

総司くんに向けたニヤニヤした笑顔は途中で固まった。そりゃあもう岩のようにね。


「ん?」


さ…

殺気が……


殺気が尋常じゃねェェェ!!!

これはもう斬られる殺される!!


「な…なーんてね冗談だよ冗談!やっだなぁもう!殺気なんか出しちゃってぇ…」

「………」

「絶っ対誰にも言いません!!大丈夫です!信用してくださいお願いします!!」


言いましたよ、そう言いましたよ私。ものすごい速さで。

総司くんはそんな私を見て「やだなぁ由香さんてば。大袈裟なんだから」と笑った。大袈裟な殺気を出したのは君だよ君!


「し、しかしあれだねぇ~、総司くんにあんな綺麗な恋人がいたなんて…正直驚いたよ」


この場の雰囲気を変えようとヘラリと笑う。総司くんてば笑顔が怖いんだもの。もう!


でも…変わったのは雰囲気ではなく…


「残念ながら僕とお悠さんはそんな関係じゃありませんよ」


今まで白い歯を見せていた男は急に真面目な顔を見せた。

その顔がなんだか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。


「え?二人は恋仲じゃないの?」

「だから言ったでしょう?僕の恋人は剣だけだって」


総司くんの自分自身にも言い聞かせるような言葉に、続く言葉が見つからなかった。

あんなに…仲良さそうに見えたのに付き合ってないなんて……

それこそワンナイトラブやら身体だけの関係には見えなかったし……

相手の女の子だって芸妓のような派手な女の子には見えなかった。

というか、あんな雰囲気のいい二人を見たら誰だって恋人同士だと思うだろうよ。


「じゃあ僕、先に広間に行ってますね」

「え、ああ、うん」


私もすぐ行くね、と言って先に腰を上げた総司くんに手を振ったのだけれど…

なんだか腑に落ちなかった。

総司くんの態度からしても絶対にあの女の子のこと好きだろうし、向こうもまんざらではないはず。

総司くんてばものすごい奥手?

もしかしたら不倫?


……謎は深まるばかり。


でもまぁ、私が口を挟むことではないし、総司くんだっていい大人だ。

とにかく。私ができるのはこの事を皆に黙ってることですね!

だって奴の殺気ってば尋常じゃないんだもの!!

さすがは沖田総司だぜ。



***



…あのあと。

「いつまで寝てんだ?」と起こしにきた歳さんに連れられ、今私は皆がお酒を呑んでる広間にいる。

総司くんなんてば何事もなかったかのように私の顔を見るなり「よく寝ますねぇ」なんて笑ったけど、君、なかなかの役者だね、うん。


つーか寝起きで酒はさすがにきちーよ。そう思いながらツマミの空豆に手を伸ばす。

ま、しばらくすればどうせ酒が欲しくなるだろう。こんな私は若干アル中ぎみなのかもしれない。


「そういやちょっと小耳に挟んだんだけどよ」

「なんだ?」


この空豆、なかなか美味しい。なんて頬張る私の隣で新八さんと左之さんが盃片手に話し始める。

耳をダンボにすれば、どうやらまた新たな事件が起こっているらしかった。


「大文字屋源蔵って知ってるか?」

「あ~、聞いたことあるな。松原寺町西入のか?」

「ああそうだそうだ!そこによ、新選組岩崎三郎と名乗る奴が金の無心に押し入ったらしいんだ」

「岩崎三郎?」


新八さんと左之さんの馬鹿デカイ声にいち早く反応したのは歳さんだった。

盃を置き、私と左之さんの間にズイッと入り込み、鬼の眼をギラつかせた。


やっぱりこの眼にはまだ慣れない。こんな時は酒を呑んで聞こえないふりをしよう。

そう思って手酌で盃を傾けたが、なんせ起きてまだ一時間もたっていない。さすがの私でもなかなか酒は進まず、耳にはしっかりと新八さんの馬鹿デカイ声が届いた。


「山崎に聞いたんだがな、岩崎三郎なんて隊士はこの新選組にはいねぇんだよ」

「んじゃ、どっかの阿呆が新選組の名を語ってるってことか」

「芹沢さんのせいで新選組は強請の集団だって思ってる奴等も多いからな。名を借りるのはちょうどいいんだろ」

「とにかく岩崎三郎がどこの誰かってぇのをはっきりさせねぇとなんねぇな」


歳さんは盛大な溜め息をつくと、すっと席を立ち広間を出ていった。


きっと山崎くんあたりにでも動いてもらうのかもしれない。そう思いながらちびちびと盃を傾けていれば、意外にも歳さんは山崎くんを連れてすぐ戻ってきた。

チラリと山崎くんと目が合うがすぐにプイッとそらされる。

…なんだ、こいつはまだこの前のこと気にしてんのか。ちんこの全貌を見たわけじゃないからもういいじゃないか。このシャイボーイめ。


「おい、ちょっといいか」


歳さんの鋭い声に、一瞬にして静まる広間。


「新選組の名を語って強請をしている奴がいる。俺もさっき知ったんだが…山崎が独自で動いてくれていた」

「岩崎三郎の名を語る狐の正体は、堀田摂津守家来、西条幸次郎という者」

「なに!?堀田摂津守だと!?」


山崎くんの一言に広間からはどよめきの声があがった。犯人はそんなに意外な人物だったのだろうか。

とりあえず私は空豆を食べよう。あまり新選組の仕事の話は聞きたくない。


「信用できる情報によると明日夜、輪違屋の太夫を呼び、角屋にて遊興する模様」

「強請った金で自分は遊興ってか…」

「輪違屋っつったら俺の贔屓にしてる雪乃がいるところじゃねぇか!!」


新八さんがまさか雪乃とヤッてねぇだろうな!?なんて頭を抱えていたが、誰一人それに反応する人はいなかった。

新八さんて本当、空気読めないのね…

それに遊女は金で動くものなのだよ永倉くん。


「そこに踏み込んで捕縛がてっとり早いかと」

「そうだな、それがいい」

「一つ提案が」


そう言った山崎くんと目が合う。

ん?どした?シャイボーイくん。


「最近は広間に刀を持ち込む輩もいると聞きます。もし西条が帯刀していた場合、踏み込む際刀を抜くかもしれない。角屋はともかく、輪違屋は遊女を過保護に扱う店。万が一怪我をさせれば後々面倒です」

「…あそこは島原でも権力を持つ店だからな。噂ではお上との繋がりもあるとの話だ」

「ええ。なので明日は由香さんに遊女に扮してもらい、西条に付けてはいかがかと」



……は?


「由香を遊女に!?」

「ええ。それなら万が一の時、我々も動きやすいでしょう」


ちょっちょっちょっちょっ……


「ちょっと待ってよ!!私が遊女って…なんで!?」


本当、なんで!?の一言だ。

私が遊女として西条って人に付く!?

万が一斬り合いになっても大丈夫!?

なにそれ、私なら怪我させてもオッケーってことデスカ!?


思わず山崎くんに詰め寄れば、なぜかそばにいた総司くんがフッと口角をあげた。


「そこら辺の遊女だったら怪我させてしまうかもしれない。でも遊女が由香さんなら、歳三さんが必ず守りきる。そういうことでしょう?山崎さん」


今にも私に襟蔵を掴まれそうになっていた山崎くんは総司くんの一言にコクンと頷いた。

歳三さんもそうでしょう?そう総司くんが問いかければ、歳さんは思案顔を見せた。


ま……守りきるだなんてぶっちゃけ嬉しいですけども////!!!

それに、新選組にお世話になってる以上、何かの役にたちたいとは思っているけれど…

でも…でも…

抜き身がもし私に向けられたら…

それに…もし誰かが斬られたら…

今度こそ私は立ち直れないかもしれない。


二つの気持ちの間で揺れる。

歳さんを見れば、私の気持ちなんてすべてお見通しらしく、眉間には深い皺が刻まれていた。


「…どうする?」


きっと歳さんは私に頼みたいんだと思う。

でも、でも私にはそんな覚悟…


……覚悟?

覚悟…決めたんじゃなかったっけ。この時代で生きていくっていう覚悟。

覚悟が決まれば腹も据わるんじゃなかったっけ。


私は新選組鬼の副長の女。

彼に愛されてる女。

そんな女が遊女になって皆の捕縛を助ける。

そんな簡単なことできなくてどうすんだ?


………やってやろうじゃねぇか!!

女見せてやろうじゃねぇか!!!

さすがは鬼の副長の女だって、皆に見せつけてやろうじゃねぇか!!!


「やります!!私、遊女になります!西条とヤッてきます!!」


そのまま山崎くんの襟蔵を掴み、広間に響き渡る声でそう叫んだ。


山崎くんは顔を真っ赤にした。

近藤さんは狼狽えた。

新八さんと山南さんは酒を吹き出した。

総司くんと左之さんは笑った。


歳さんは「誰が西条とヤッてこいなんて言ったんだ!!」とものすげー怒ってた。



…そんな勘違いだってあるさ、人間だもの。



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