第四十四話 それぞれの夜は更けていく
「お前……、どこから来たんだ?」
その警戒を含めた言い方と、ポンと置かれた風呂敷の包みに、高杉さんが何を言いたいのか、何を聞きたいのかがすぐにわかった。
この風呂敷の中身は私が元の時代で使っていたバックだ。もちろんその中にはタイムスリップしてきた時に持っていた荷物、すべてが入っている。
そしてきっと…高杉さんはその中身を見たんだと思う。
私が口を開くのをじっと待っている高杉さん。
彼は…
直感だけど、彼はきっと私の言うことを信じてくれる。
そして彼自身も人として信じられる人だと思う。
…多少…いや、だいぶ破天荒なところがあるけどね。
きっと高杉さんになら話しても大丈夫。
そう思った私は、未来の日本から来たこと。今まではある所にお世話になっていたこと。そしてなぜ家出に至ったか、その経緯を少しフェイクを入れながらもう一度話しはじめた。
その間、高杉さんは私の話を疑うことなく、時折そうかと頷きながら真剣な眼差しで聞いてくれていたのであった。
***
すべてを話し終えれば、高杉さんは顎に手を当てて、何か思案しているようだった。
そしてしばしの沈黙のあと。
「面白い!面白いぞお前!!」と、豪快に笑いだした。
「エゲレスあたりの間者かとも思ったが…まさか未来から来たとはな!実に面白い!!」
ええと、私にとっちゃ全然面白いことじゃないんだけどね。
でも信じてくれたみたいでよかった。
歳さんなんていくら言っても最初は全然信じてくれなかったもんね。結局、芹沢さんと総司くんに助けられたような感じで屯所に置いてもらえることになったんだっけ。確か総司くんがブラとパンツを無垢な心で手にして……
…ってなに懐かしんでるんだ私は。
もう忘れよう。彼等のことは。
…忘れよう。歳さんのことは。
「だとすると、これは未来の物なのか!」
感傷に浸る私を無視するように、破天荒高杉さんが目の前の荷物をあさりだす。
ちょ、この人は躊躇とか遠慮っていう言葉を知らないのか!
慌てて「そ、そうです」と一緒に荷物を覗きこめば、高杉さんはケータイを手にしていた。
「なんだ!?この小さな箱は!」
「それはケータイと言って遠くにいる人ともそれで話せるんですよ」
「ほう!!すごいなそりゃ!!」
興味津々にケータイを開く高杉さん。途端に「ん?これは…」と顔がしかめっ面になる。
あ…、確かそれは充電がもう…
「すいません。それはもう充電がなくて」
真っ暗な画面を想像し、高杉さんの持つケータイを覗くと、なんと電源が入っている。
そして画面には宴の時、酔ったノリで撮った歳さんとのツーショットが。
ベッタリとくっつく私に、眉間の皺が3倍増しになりながらも真っ赤な顔の歳さん。
確かまわりのみんなにもすげーひやかされて…
そんなのお構いなしに頬にちゅっちゅっするフリをすれば、すげー勢いでゲンコツが降ってきたんだっけ。あまりにもムカついたからみんなの前でそのまま無理矢理頬にちゅーしたら、その夜はさんざん啼かせ…じゃなくて泣かせられたな、説教で。
…じゃなくて!!!
慌ててケータイを奪い返す。
……まずい。非常にまずい。
歳さんとの写メを高杉さんに見られた。
私が新選組にお世話になってたこと、バレちゃったかもしれない。
恐る恐る高杉さんの方を見る。
…が、当の高杉さんはニヤリとした笑いを浮かべているだけ…
「今のは…、この時代のお前の男か?」
「えっと…」
「だが、そいつよりも俺の方がいい男だな!!どうだ、俺に乗りかえるか!?」
ハハハッと笑う高杉さん。
あ、れ…?
もしかしてこの写メが歳さんだってバレてない…?
……高杉さんは長州の人。
もしかしたら歳さんの顔はもちろん、新選組の人達の顔を知らないのかもしれない。
だとしたら好都合。
「あ、はは~。考えておきます~」
そう言って軽く流せば、高杉さんは再び私の荷物をあさりはじめたのであった。
***
あのあと。
高杉さんは一通り私の荷物を物色した。
まぁ、お約束というかなんというかね。真剣な顔で「これは…!」と、ブラのカップを揉んでたのには正直恥ずかしかったね、うん。
しかも勘がいいのか、「お前、結構胸でかいな!」とか言われたし。
「やだなぁ、セクハラですよ高杉さん」とその手をつねれば少し涙目になってたっけ。
結局、高杉さんが歳さんに触れることはあのあと一度もなかった。
やっぱり高杉さんは歳さんの顔を知らなかったみたいだ。それは本当によかった。
しかし疑問が残る。
ケータイの充電は確かになくなっていたはずだ。それもだいぶ前に。
充電がなくなってからは一度もケータイを確認してないから、いつ充電が復活したのかもわからない。第一、充電器をささずして復活なんてことあり得ない。
いったいどういうことなのだろうか。
これはいったい何を意味しているのだろう。
ただでさえ混乱しているのに、本当大混乱させてくれるね、この時代ってやつは!
もう考えるのも疲れたよ。
そして私は今…
荷物物色が終わった高杉さんが部屋を用意してくれ、布団の中にいる。
押し寄せてくる疲れをひしひしと感じながらもケータイを手に取り、そっと開ければ目に飛び込んでくる歳さんの見慣れた顔。
歳さんだけじゃない。フォルダを開けば、笑顔の総司くん。飄々とすましているはじめくん。べろんべろんに酔っぱらっている左之さんや新八さん、平助。そして豪快に笑う芹沢さん…
……なんで
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
この時はこんなことになるなんて考えてもいなかった。
毎夜のようにみんなとドンチャン騒ぎをして。昼間は誰かしらと談笑して。慣れないながらも楽しく過ごせてた。
いつからこうなった?
どうしてこうなった?
なんで私がこんな目に。
冷静になった今、頭の中をぐるぐるとまわるのはそんな言葉ばかりで。
気が緩めばすぐにでも涙が溢れてしまいそう。
でも、これが日本の礎だったのかと思うとなんとも言えない気持ちになる。
こんな時代を経て私達現代人は生きているわけだから。
って言っても今私は"こんな時代"にいるわけだけど。
今日は本当に色々あって疲れた。
これからのこととか考えることはいっぱいあったけど、どうやら瞼が閉じる方が先のようだ。
ケータイをそっと閉じれば、それと同時に私は深い眠りの世界へと落ちていったのだった。
***
とうとう…帰って来なかったか……
眠れねぇ夜を過ごし、カラリと障子を開ければひんやりとした空気が部屋の中へなだれ込む。
東の空はすでに明るくなってきていた。
寒く…ねぇだろうか…
危険な目にあってねぇだろうか…
何より…
あいつはまだこの時代にいるのだろうか。
あの消えかかっている月のように、あいつも消えちまったんじゃねぇか。
そう思うと胸にざわめきが走った。
俺は鬼になりきれなかった。
獣に魂をくれてやることもできなかった。
そしてあいつを俺の心から消し去ることも……
結局俺の鬼の仮面の下は弱い俺のままだ。
あいつが俺を冷たい瞳で見るたび…
俺から離れていくたび、俺の心はぽっかりと穴が空いたようだった。
苦しかった。
どうしようもねぇ弱い男だ俺は。
今まですりよってくる女はどんな女だろうが拒まなかった。そのかわり去っていく女も追わなかった。名前を覚えてる女すらいねぇ。
だがあいつは違った。
失って初めて気付いた。俺がどれだけあいつを必要としていたかを。あいつをどれだけ愛していたかということを。
あいつを手放そうと思えば思うほど、離れていけばいくほど、俺の腕が、俺の心があいつを抱きしめたがってしょうがねぇ。
あいつはここを出ていかないと。
俺から離れていかないと心のどこかにそんな自信があった。
その自信は俺の思い上がりだったのかもしれねぇな…
いや、思い上がりだった。
あいつを泣かせたくない。
あいつには笑っていてほしい。
そう思っていたが、俺のちんけな見栄で結局あいつを泣かせちまった。
あいつがもしここに戻ってくることがあれば、俺はもう二度とあいつを離さねぇ。
だが…
女一人のために俺は俺の誠を捨てる気はねぇ。
…はっ!とんだ矛盾だらけだぜ。
どうかしちまってるな、俺ぁ…
自嘲的な笑いをこぼし煙菅をふかせば、いつもよりも苦い味が口いっぱいに広がった。




