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第二十三話 ☆男と女


薄暗い歳さんの部屋の中に入ると、静かに襖が閉められた。


いつからつけられたままだったのだろう。

部屋の隅にある行灯の中の小さな灯は

ゆらゆらと揺れながら今にも消え入りそうだ。


「こっち来い」


思いがけず抱きしめられた歳さんの胸は広くて逞しくて。

そして何より優しかった。


「由香……抱いて…いいか…」


ああ…そうだ……

歳さんは星の数ほど女を抱いてるヤリチンかもしれないけど…

他の男のように欲望を無理矢理押し付けたりしない。


律儀で…

実は冗談も通じないくらい真面目で…

驚くくらい純粋で…

一本気が通ってて…

誰よりも男らしくてかっこよくて…


きっとだいぶ前から…

そんな歳さんに私は惚れていたのだ。


「由香…」


掠れた歳さんの声が…

吐息が…

私の首筋に降り懸かる。

その甘さと優しさに、背筋にゾクリと快感が走った。

擦れ合う互いの着物の音が

妙に気持ちを高ぶらせる。


少しずつ…

少しずつ…

ゆっくりと移動してきた歳さんの唇から…

再び「わりィ」と謝罪の言葉が出たのと同時に

私の唇はそれに熱く塞がれた。


頭の芯までとろけてしまいそうな深い深いキス。

それはお互いを求め、貪るような荒々しいキス。

でも…


「…はぁっ……歳、さん、なんで謝る、の…」


やっと解放された唇から、モヤモヤと胸に込み上げた疑問をしぼりだす。

でも男はさらに眉間のシワを深くさせ、悲しそうな顔をしただけ。


「歳さ…」


そして次の瞬間には…

あっというまに私の視界は反転し、再び息つく間もなく唇を塞がれた。





行灯がちりちりと音をたてながらその灯を消したあと。

歳さんは私を抱いた。


それは壊れ物を扱うように優しくて

でも決して甘くなんかない

心がひどく痛むような…

なんだか切ない交わりだった。



***



情事のあと。

まだ冷めきってない身体を擦り寄せながら、男はそっと私の髪をすいた。


「悪かった」


三度みたび男の口から謝罪の言葉が述べられる。

その顔はとても辛そうで。そして悲しそうで。


なんで…?

なんで謝るの……?


質問にも答えない、その偽善者のような表情にいい加減腹が立ってきた。

ほんの数分前まで愛しいと感じたその手の温もりが鬱陶しくも感じはじめる。


「由香…」

「やめて…!」


私はついにその手をパチンと振り払った。

歳さんの表情が驚きに似たものに変わる。


「…さっきから…わりぃだの悪かっただの……なんで謝ってばっかりいるんです?」

「………」

「結局、ヤッたんじゃないですか。そんなねぇ、自分が性欲処理したあとに偽善者ぶった態度が一番ムカつくんすよ」


歳さんの熱がサァーッと冷めていくのがわかる。

でももう止まらない。

見くびるんじゃねぇ、私を。

そこらの女と一緒にするんじゃねぇ。


「別にいいじゃないですか。調度ヤリたかった時に私がそこにいた。私が股を開いた。だから挿れた。それだけのことじゃない!なに今さら申し訳なく思ってんですか!」

「おめぇ…本気で言ってんのか」


歳さんの言葉が震えている。でもそんなのかまうもんか。


「えぇ、えぇ!本気ですとも!たった一晩の過ちで湿っぽくなんかならないでください。私はね、歳さんが思ってるほど弱くねーんですよ。純情じゃねーんですよ!だから…だから…」


そこまで言って、なぜだか涙が溢れた。


…これだから

私は好きな男に抱かれるのは嫌いだ。

身体を許せば

気持ちはそれに便乗してますます好きになっていく。

でも男は違う。

気持ちなんかなくても女を抱ける。

抱くのがスタートではない。ゴールなのだ。


だから私は今まで後腐れのない、互いに男女の気持ちがない奴としかヤラなかった。

自分がかわいいから。

苦しい思いをしたくなかったから。


…今回、惚れてる歳さんに罪悪感いっぱいの顔をされ、正直胸が張り裂けそうだ。

だったら…


「だったら優しくなんか抱かないで……無理矢理にでも抱いてくれた方がよかったのに………」


そう呟いて私は歳さんの胸に顔を埋めた。



「おい……いつ俺が過ちだなんて言った?」

「え…?」


私の頭上に降ってきた予想外の言葉に思わずパッと顔をあげる。

視界に飛び込んできた歳さんの表情は、先程までの"男"の顔ではなく、どちらかというといつもの飄々とスカしている副長の顔に近い。


「…俺ぁ、過ちだなんて思ってねぇよ」

「だって…じゃあなんで謝るの…悲しそうな顔してたの……?」

「そ、れはだな…」


男はチッと舌打ちすると、交じっていた視線をフイとそらす。


「…俺の暴走しちまった気持ちのせいで、おめぇを傷付けると思ってたからだ」


……は?


「ごめ、歳さん。いまいち言ってることがよくわかんない」

「わかんねぇでいい」

「いや…それはちょっと…」


この男はいざというとき回りくどい。

でもそれは歳さんなりの優しさで

相手の気持ちを深く考えてのことなんだと思う。


でも…

今回はちょっと回りくどすぎるぞ?

何を言いたいんだかサッパリわかんねぇ。


「とにかく…誰でもよかったわけじゃねぇ。おめぇだから抱いたんだ」


布団の中でぎゅっと抱かれ耳元でそう囁かれた…のだが。


うん。やっぱり意味わかんねぇ。


「……まさかもう一回?」


疑問が頭の中を駆け巡る中。

再び胸元をまさぐり始めた手にそう問い掛ければ、男は先程の情けない顔ではなく、自信に満ち溢れた妖艶な顔で「あたりめぇだ」と私の唇に噛み付いたのだった。





「…はっ……ぁん…あ……!」


やばい…

気持ち良すぎる……


舌が身体中を這う。

指が身体の中を熱く攻める。


「由香っ…」


歳さんの私の名前を呼ぶ声が

どこか遠いところで聞こえるよう…

さっきは遠慮がちに抱いたくせに…

この変わりようはなんだろうか。


「ぁ…も…声、むり…」

「由香…口、開けろ」


吐息と共に口を開けば、強引に捩込まれる男の舌。

歯列をなぞり、私の舌を追うように口内を犯す。

その間も男の節くれだった長い指は私の中を犯し続けてるわけで…

指だけでこんなん…

有り得ない…

もう何回イカされただろう。

私の蜜は溢れるのをやめない。


「由香…」

「歳さ…っ…なんで、急、に……」


声にならない声でやっと尋ねる。


「おめぇ…俺に惚れてるんだろう」


…なんとまぁ随分自信に満ちた答えだこと。

でもそれを口にするほどの余裕は私に与えられない。


「だった、ら……んっ…何……ぁ…!」

「………俺もおめぇに惚れてるからだ…」


一瞬。

指の動きが止まったと思ったら…


「は……えぇえ/////!?」

「声でけぇよ」


呆れた顔で再び唇が激しく塞がれる。


ちょ、え!?

この男、さっきなんつった?

…惚れてる?

惚れてるって誰に?


……わ、たしに…?



部屋にある障子の窓からは、すでに薄日が射しはじめている。

その中でしっかりと手が握られ、何度も、何度も歳さんが私の中をかき乱す。

ふいに落とされる口付けは

愛を溢れさせながら私を包み込んだ。


想いあう男と身体を重ねることは

こうも気持ちがよくて

こうも幸せな気分になるのだろうか。



何度も絶頂を迎え気が遠くなりそうな中で

たった一度だけ歳さんの口から小さく「好きだ」と囁かれた気がした。



***



朝方。

歳さんの部屋から誰にも見つかりませんように、と、そっと自分の部屋に戻る最中。


「おはようございます。あ、いや、お疲れ様でした、かな?」


悪戯心を含んだ声に振り返れば、あの純粋無垢の"ハズ"だった総司くんがニコニコと立っている。


「あ、や、おはよう。」と、動揺を隠せないでいれば目の前の男はさらに笑顔を見せた。


「クスッ。僕の部屋ね、歳三さんの隣なんですよ」


…わ す れ て た。


「え/////なに、聞こえ、てた////?」と、確認するように慌てて聞いてみれば「なにがです?」ととぼける総司くん。

そのまま「ふぁ~あぁ…ちなみに反対の部屋は近藤さんなんですよねぇ~」と伸びをしながら歩き出したのだった。



その後。

廊下ですれ違った近藤さんに「次からは少し抑えてな!はっはっはっ!」と言われたのは言うまでもない。



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