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第二十一話 お姉さん、ちょっとショック


「蒸し暑……」



縁側に腰を下ろしている私の頬を、生温い風がなでつける。

辺りは静寂に包まれ、暗闇が支配している。

まだ行灯が灯っている部屋はいくつかあるが、一つ…また一つとその灯は減ってきていた。

時折、提灯を持った平隊士が私の後ろを「失礼します」と言って通り過ぎていく以外は、まるでここが空の上なんじゃないかと錯覚するほどの静寂の世界だ。



あれから…

皆が屯所に帰ってきたのは、その日の夜遅くのことだった。

近藤さんの話によると、京を追い出された長州藩の一部は、各所で幕府軍と小競り合いをしているらしく、壬生浪士組もちょこちょこと出動するとのこと。

小競り合いとは言っても死人は確実に出る。

それが壬生浪士組の人であれ、長州藩の人であれ、戦争自体に免疫がない私にとって、それはあまり気分のいいこととは思えなかった。


「しかし…眠れぬ……」


時刻は丑の刻くらい。

午前2時を優にまわった頃だろう。

今日は昼過ぎまで寝ちゃったからなぁ…

眠れない、というよりか全然眠くない。

現代にいた頃の私だったら、間違いなくテキトーな男友達に電話して、居酒屋から宅呑み…そしてウフフ~で朝までばっちこい!な、シチュエーションだっただろう、ゲフンゲフン/////!


…なんとまぁ…軽い人生を送ってきたのか……

でも…この時代でもワンナイトラブなんてたくさんあると思う。

現に、島原なんてのは酒を呑む場と同時に、最終的にはハメてオッケーな所だし。

そしてあの歳三もそこに通う馬鹿な男の一人でもあるんだけどね!!

しかもモテるっていう。


「くそ…ヤリチンめ!!」


誰に言うでもなく、私は空に向かって本人には絶対言えないだろう暴言を吐き出した。


のだが……


「…やりちん?」


運悪く、その暴言は誰かに聞かれてしまったようだ。


「やりちんってなんです?」


振り返れば、そこには無垢な笑顔で首を傾げる総司くん。

あぁ…そんなはしたない言葉を綺麗な心のあなたが連呼しちゃダメだよ…


「……歳さんみたいな人のことだよ」

「ふぅん…?」


理解したのかしてないのか…

総司くんはポソリと呟いた言葉に曖昧な返事をしながら私の隣に腰を下ろした。


「…寝ないの?」

「なんだか眠くなくて。由香さんは?寝ないんですか?」


まさか昼間、一世一代の警備に出陣してきた人に「昼過ぎまで寝ちゃったから眠くなくて。えへ♪」なんて言えるほど私も図太くはない。


「……私もなんだか眠れなくて………」


そう言ってゆっくり空を見上げる自分は、なんてふざけた女優なのだろうと良心の私が心の中で突っ込んだ。

その隣で総司くんも空を見上げたのがわかる。


「……この時代は星が綺麗だよね」

「…未来の星は…そうではないんですか?」

「いや…綺麗じゃないってわけじゃないんだけど……街の明かりに邪魔されてさ、こんなに光り輝いてないと思う。」

「街の明かり…?夜なのに?」

「うん。電気って言ってさ、暗い夜中でも昼間みたいに明るく照らしてくれる……からくり?みたいなものが未来にはあるんだよ」

「へぇ!!それはすごいですね!」


目を輝かせて身を乗り出す総司くん。

なんだなんだ、なんて純粋なメンズなんだこいつは。こんな純粋な反応してくれる奴なんてそうそういないぞ!?


でも…その純粋さゆえに、染まるのも早い。

そしてもう染まり始めていただなんて、この時の私は知る由もなかったのだった。


「未来は便利な世になっているんですねぇ…」

「………ところで総司くんはさ、恋人ではない女の子と一晩だけを共にしたことってあるの?」

「へ……?……えぇ////!?な、なんですかいきなり////!」


うん。さっきまで文明の発達について話していたのに、真っ赤になって動揺する総司くんを見たら、さすがに唐突すぎたかなと思いました、はい。

こんなことをさらりと聞いてしまう私はやはりきったねぇ色に染められているんだろう。


「で、どうなの?あるの?ないの?」


もうここまで来てしまったら逆に引き下がれない。

このまま問い詰めてみよう。

そう思ってズイッと身を乗り出した私は、どうみても話好きのおばちゃんにしか見えないと思う。

でもこの際開き直っちゃっていいよね、ね!


「えっと…/////あの…まぁ…/////」


え……やだ。

もしかしてこの反応は……


「まぁ、僕もその…一応男、ですし…/////」

「まじか…」


まさか、まさかだ。

純粋な総司くんのことだ。ワンナイトラブなんてあるわけないと高を括っていたが、考えてみれば身体は立派な大人。

そしてもう社会に出て自立していることを考えたらあっても不思議ではないわけだ。


「あぁそう……へぇ~……」


わざと冷ややかな視線を送れば、「いや、で、でもそれは永倉さん達とのつ、付き合いとかでですね…////」と、いつもは飄々としている総司くんの歯切れが悪くなる。

まぁ彼も、性にオープンなこの時代を生きている正常な男子の一人だ。

仕方ないのだろう。

むしろない方が不健康…なんだと思う。


でも…

あの総司くんまでがワンナイトラブの経験があるなんて…

なんだかお姉さんは複雑な気分だよ…


「で、でもどうしたんですか?急にそんなこと聞くなんて…」

「…んーん…別に……でも総司くんは歳さんのようにはなっちゃだめだよ?お姉さん、泣いちゃうよ?」


そう言ってクスンと着物の袖で顔を覆う仕草を見せれば…


「……俺のようにって、どんな風にだ?」


…まぁお約束というかね。

私と総司くんの背後から、この話を一番聞かれたくない人の声がしたわけでね。

私は袖で顔を半分覆った状態で、ギギギ…と後ろを振り返ったのだった。




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