桃
伊邪那岐伊邪那美命の国生み神話。
火之夜藝速男神を生みミホトを焼かれて死んだイザナミを、黄泉の国まで連れ戻しに行ったイザナギは、「見るな」と言われた禁忌を破りイザナミを覗き見る。
そこにはおぞましい化物のようなイザナミがいた。
これは何を意味するのか?
簡単だ。死んだ人は生き返らない。
「何もしなければ、奥様はあなたの守護霊になった筈です」
「そんな事に何の意味があるのかね?」
俺の言葉に対し、島崎靖司は何の感情も見せずにそう返した。
島崎邸の客室で俺と彼はローテーブルを挟んで対峙している。
「意味が有るとか無いとかではないのです。それが摂理と言うものです」
「君に関係ないだろ」
「まあ、そうなんですけどね」苦笑いしかでないね。
「僕に関係なくても、姪ごさんが悲しむ。桜さんが悲しめば僕の妹が悲しむ。だから僕にはあなたをとめる理由があった」
「なかなか苦しい理由付けだね」靖司も苦笑いをする。
「僕が助けたいのは人間ばかりじゃありません。霊も。誰も悪霊にしたくはありません」
さて、これは言わないとな。
「だから、本来神になる筈の魂を引き留めて、悪霊にする事は許しません。つまりあなたも僕の敵になるわけです」
「強く出たね」靖司は特に表情を変えない。「生きている人も死んでいる人も、全員助けるなんて無理だろ?」
「そうですね。だから僕は、僕の手の届く範囲だけ助けます」
「私は助けを必要としていない」
「このままではあなたは引っ張られる。戻ってこれなくなりますよ」
「……妻がいなくなったときから、もう未練も無いな」
「わかります。しかし、あなたに未練がなくても、あなたが死ねば悲しむ人もいる。例えば、桜さん」
靖司は黙った。
「僕は桜さんも、あなたの奥様も助ける。もう奥様を解放してください。桜さんを悲しませないでください」
靖司は反論をやめた。だが納得したわけではない。そんな事は靖司にもわかっている事だろう。心が受け入れない。それは仕方ない。
「奥様は僕がお祭りします。もうここには戻ってこないでしょう」
いや、守護霊としては戻ってくるだろうけどそういう話じゃない。
「生きることを諦めないでください」
うん、俺、根気よく説得したよな。
「桜さんを悲しませないでください。……いい大人が子供を泣かせるようなことすんなよ!」
霊を救うことは得意なんだけど、人を救うことは苦手だ。
「あなたはちゃんと奥様を弔ってください。そして桜さんと話をしてください」
弔いは死者のためだけじゃない。
残されたものの悲しみも弔われるべきだ。




