謝らなくていい
「謝らなくていい」
俺は出きる限り冷静に言ったつもりだった。それでも吉川結衣は不穏さを感じ取ったのか、ボイスチャトの向こうから不安そうな声が聞こえた。
睦瑞希が岸田洋にとり憑いた悪霊を何とかしようとしていたとき。吉川結衣は瑞希を嘘つきだと言っていじめた。瑞希が岸田くんの気を引こうとしていると思ったからだ。
「瑞希はわかってやったことだ。幽霊がいるとか言っていたら、嘘つき呼ばわりされる事はわかっていた筈だ。瑞希はいじめられることを覚悟の上でヒロを助けようとした。だから、謝る必要はない。礼も必要ない」
「でも……。今も私勘違いしてた。睦が今でもヒロの事を好きなんだと思ってた。私勘違いでひどい事してた。幽霊だってホントにいるのに嘘つきって言った。……謝らないと気が済まないよ」
俺は怒りでからだが震えるのを感じた。
隣に座っていた妹の祐実が、不安そうな表情で俺の腕をつかむ。
俺はつかんできた祐実の手に、俺の手を添えた。
大丈夫。落ち着いたから。
「ユイ。謝って気が済むのは自分だけだ。いじめられいた方は謝られたって困るだけだ。傷ついた心の痛みはずっと残る。謝ってもらったって無くならない。自分だけ満足して、自分だけ楽になるなんて、そんな勝手なことはない」
誰も声を出さない。ボイチャからは息づかいだけが聞こえる。
「俺達兄妹もいじめられていた。この能力が異質だとはわかっていなかったんだ。でも俺達は兄妹でいつも二人でいた。親も俺達の事を理解している。それに隣の家に姉貴風を吹かす幼馴染みがいた。幼馴染みはケンカが強かったからいつも俺達兄妹を守ってくれた」
妹の祐実が俺の腕にしがみついてくる。顔を俺の肩に埋めてきた。
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「でも瑞希は一人だった」
「俺達兄妹は逃げた。俺達は中学に上がる頃には、この能力の事は言わなくなった。それは俺に、自分で祓いをする力があったから。誰にも気づかれずに問題を解決できたから」
「でも瑞希は一人で耐えてきた。それでもまだ誰かを救うことをやめなかった。祓えない瑞希は警告することしかできなかったのに。嘘つきと呼ばれることを覚悟して」
ボイスチャットの向こうから微かに嗚咽が聞こえた。
祐実が俺の肩で泣くのをがまんして身体を震わせている。
「ごめん、祐実。嫌なことを思い出させた」そう言って彼女の頭を抱きしめる。
「俺は、俺達を、妹を傷つけた奴らを、世界を許せない。それでも俺達は助けられる人は助ける。それが俺達兄妹の意地であり、矜持だから」
「瑞希が何を思っているかは知らない。でも瑞希には瑞希の意地があるんだろう。だから謝る必要はない。瑞希は俺よりも強い。あまり俺の彼女を見くびらないでくれ」




