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第26話:贖罪

「……で、えーっと…………君たち、誰だっけ?」


アランのどこまでも穏やかで、そして心底困惑した声。

その言葉は、どんな怒声や罵倒よりも深く、鋭く、三人の心を貫いた。

怒りか、憎しみか、あるいは自分たちを嘲笑う優越感か。彼らの前に立てば、そんな感情をぶつけられると覚悟していた。だが、目の前の青年の瞳に、そのどれもが浮かんでいない。

ただ純粋な、不可解なものを見るかのような戸惑いだけ。

まるで道端で見知らぬ他人が、奇妙な格好で倒れているのを見るように。


その無関心こそが、彼らがアランにとって、どれほどどうでもいい存在になり果てたのかを、何よりも雄弁に物語っていた。


「アラン様、この方たちは、貴方様のお知り合いですの?」


アランの隣に立つ王女セラフィーナが、小首を傾げた。その慈愛に満ちた瞳には、ボロボロの姿の三人に向けられた、純粋な同情の色が浮かんでいる。

「ええ、まあ……昔、ちょっとだけ……」


アランが歯切れ悪く答える。

するとセラフィーナは、すっと三人の前に進み出た。

「皆様、お立ちください。何か、大変な事情がおありのようですね。さあ、中へどうぞ。温かいお茶でも飲みながら、お話をお聞かせくださいな」


そのあまりにも自然な、女主人のような振る舞い。そしてアランが、それに何の違和感も持たずに頷いているという事実に、リナリアたちは改めて思い知らされた。

自分たちがこの丘の上の穏やかな世界にとって、完全な「異物」であることを。



屋敷の居間に通された。

質素だが温かい暖炉の火が揺れる、居心地のいい部屋だ。

エルフのルミナが無言で、しかし完璧な所作で、三人の前にお茶を置く。その甘く優しい香りが、むしろ彼らの罪悪感を苛んだ。


重い、重い沈黙。

誰も、口を開けない。

何から話せばいいのか。どう、許しを乞えばいいのか。


その沈黙を破ったのは、やはりリナリアだった。

彼女はカップに一口も口をつけず、静かに立ち上がった。

そしてソファに座り、困った顔でこちらを見ているアランの前に進み出ると、再びその場に両膝をつき、額を硬い床にこすりつけた。


「……アランさん」


絞り出した声は、涙で震えていた。

彼女は言い訳も弁解も何もしない。

ただ、自分たちが追放の後、いかに愚かで惨めな道を歩んできたのかを、途切れ途切れに、しかし正直に語り始めた。


連携がいかに崩壊したか。

簡単な依頼すらこなせなくなったこと。

プライドだけを支えに無謀な挑戦を繰り返し、莫大な借金を背負ったこと。

そして自分たちの魂であった装備を、全て売り払ったこと。


最後に。

嫉妬と焦りに心を蝕まれたカイルが魔将マーラコルに挑み、そして決して癒えることのない、古代の呪いを受けたことを。


リナリアは顔を上げないまま、ひたすら懺悔の言葉を続けた。

彼女の背後で、ゴードンもセラも、同じようにソファから降りて床に膝をついていた。

彼らは生まれて初めて、自分たちの完全な敗北を認めたのだ。


「……私たちは……愚かでした……!」


リナリアの嗚咽が、部屋に響く。


「あなたの本当の価値に、気づけなかった。あなたの優しさに、甘えていたんです。私たちは、あなたという最大の宝物を、自分たちのくだらないプライドのために、投げ捨てたのです……!」

「……」

「今更、許してほしいなどと、言える資格はありません。ですが……! ですが、どうか……! カイル様だけは……! 彼だけは、お救いください……!」


彼女はついに、その願いを口にした。


「私たちは、どうなっても構いません……! この場で斬り捨てられても、奴隷として一生をここで過ごすことになっても、構いません……! ですから、どうか……! お願いします……!」


その、魂からの叫び。

アランはただ黙って、紅茶を一口すすった。

その表情は相変わらず、何を考えているのか全く読めなかった。


リナリアの懺悔を聞き、最初に動いたのはゴードンだった。

彼はリナリアの隣に這うように進み出ると、同じように額を床につけた。


「……アラン……いや、アラン様」

彼が初めて、敬称を使った。

「俺たちが悪かった……。全部、俺たちが間違ってたんだ。だから……もしカイルを救ってくれるなら……」


彼は顔を上げた。その目には、必死の色が浮かんでいた。

「……もう一度、俺たちのパーティーに、戻ってきてはくれないか……? 今度こそ、お前をリーダーとして……!」


「そうですわ!」

セラもその言葉に、すがるように続けた。

「あなたのその素晴らしいお力があれば、魔王だって倒せます! 失った私たちの名誉も取り戻せる……! お願いです、アランさん! もう一度、私たちと……!」


それは彼らなりに考え出した、最大限の償いと取引のつもりだった。

自分たちが最も価値があると考えていた、「勇者パーティーの席」と「リーダーの座」。

それを差し出すことで、彼の許しを乞おうとしたのだ。


だが。

その言葉こそが、彼らが今この瞬間に至っても、まだアランという人間を、全く理解していないことの何よりの証明だった。



「――黙りなさい、愚か者ども」


凍てつくように静かな、しかし絶対的な拒絶の意思を込めた声が、部屋に響いた。

声の主はアランではない。

彼の後ろに影のように控えていた、騎士イザベラだった。


彼女はゆっくりと一歩前に出た。その手は、腰の剣の柄にかけられている。

「……貴様らは、まだ理解しておらんのか」

その翠色の瞳は、絶対零度の光を宿していた。


「貴様らが今、誰の御前にいるのかを。そして、どれほど愚かで不敬な願いを口にしているのかを」

「なっ……」

「アラン様を、貴様らのその泥にまみれた失敗の巣窟へと、引きずり戻そうなどと……。それは天に輝く太陽に、自分の薄汚れたランプ小屋の灯りになれと、言っているのと同じことだ」


イザベラの一言一言が、氷の刃のように三人の心を切り刻んでいく。


「契約者様は」

今度はエルフのルミナが、静かに言葉を続けた。

「この世界の理を守る御方です。貴方たちのちっぽけな名誉欲のために、その尊いお時間を遣わせることなど、断じて許されません」


そして最後に。

王女セラフィーナが、悲しそうな、しかし決して揺るがない瞳で彼らに告げた。


「アラン様の居場所は、ここです。この穏やかで、平和な場所なのです。あの方のその大きすぎるお力を、自分たちの小さな欲望のために利用しようとお考えになるのは……もう、おやめくださいな」


三人の、アランを心から敬愛する女性たち。

彼女たちの言葉の壁。

それはゴードンたちが決して乗り越えることのできない、絶対的な断絶を示していた。

アランはもはや、自分たちの手の届く存在ではない。

彼は自分たちが全く知らない、遥か高みの世界で生きる人になってしまったのだ。


その残酷な事実を、彼らはようやく思い知らされた。



「……まあまあ、みんな。そのくらいにしてあげなよ」


その重苦しい空気を破ったのは、やはりアランののんびりとした声だった。

彼は紅茶のカップを置くと、やれやれと肩をすくめた。

そして床にひれ伏したまま、完全に打ちのめされているかつての仲間たちを、見下ろした。


その瞳に宿っていたのは、

同情でも、軽蔑でも、怒りでも、喜びでもなかった。


ただ純粋な、面倒くさそうな、そしてほんの少しの呆れたような色だった。

彼は大きな、大きなため息を一つついて、


こう言い放った。


「……パーティーに戻るなんて、冗談じゃないよ。俺はもう、隠居したんだから」


その、あまりにもあっさりとした拒絶の言葉。

三人の肩が、びくりと震える。


アランは続けた。

その声はどこまでも、平坦だった。


「それにしても、君たちも大変だったんだな。まあ、自業自得みたいだけど」


そして彼は、少し首を傾げると。

まるで初めて会った他人を、思い出すかのように。

こう言った。


「……で、えーっと…………君たち、誰だっけ?」


「「「…………え?」」」


時が、止まった。

ゴードンの口が、半開きになる。

セラの瞳から、光が消える。

リナリアの嗚咽が、ぴたりと止まる。


忘れた?

自分たちのことを?

あれほど濃密な一年間を、共に過ごした自分たちのことを?


それは、どんな罵詈雑言よりも。

どんな復讐よりも。

残酷で、そして決定的な一撃だった。

彼らはこの男にとって、最早思い出す価値さえない、過去の些事でしかなかったのだ。


三人の、完全に心が折れる音が。

静かな居間に、響き渡った気がした。

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