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第15話:集う者たち

エルフのルミナがアランに絶対の忠誠を誓ってから、数日が過ぎた。

その結果、アランの屋敷の周辺は、ますます賑やかで、そしてますます勘違いが加速する場所となっていた。


「アラン様、こちらのエルフの秘伝茶をどうぞ。精神を清め、魔力の循環を助ける効果がございます」

「おお、ありがとう、ルミナさん。いい香りだね」


エルフのルミナは、アランの身の回りの世話を焼くことを、至上の喜びとしていた。彼女が淹れるお茶は絶品で、アランのスローライフの質をさらに一段階引き上げてくれた。彼女は、アランがただ道を歩けば「その御足が大地に与える恵み、なんと偉大なことか!」と感動し、アランが昼寝をすれば「世界の調和を保つための瞑想に入られた…」と解釈し、その敬愛の念は日に日に深まるばかりだった。


「アラン様、今日の昼食は、私が腕を振るいました。ルミナさんに教わった、森の恵みをふんだんに使ったシチューですわ」

「わあ、美味しそうだ。ありがとう、セリアさん」


王女セラフィーナも、ルミナという新たなライバル(と本人は思っている)の登場に、ますます甲斐甲斐しくアランの世話を焼くようになった。二人の美女が、自分のためにかいがいしく尽くしてくれる。それは、傍から見れば、羨ましい限りのハーレム状態だった。


だが、当のアランは、

(なんだか、すごく気を遣われている……。居候させているのが、申し訳ないんだろうか……)

と、相変わらず見当違いの解釈をし、二人の親切を、心苦しく思いながらも、ありがたく享受していた。


そんな三人の様子を、護衛騎士イザベラが、少し離れた場所から腕を組んで見守っている。

(エルフの秘伝茶に、王家の血を引く者が作る料理……。アラン殿の日常は、もはや一国の王のそれをも凌駕している。いや、神々の食卓とは、かくやというものか)

彼女の脳内では、アランの神格化が最終段階に突入していた。


村娘のリリアも、毎日のように顔を出し、この奇妙で、しかし穏やかな光景に、目を細めていた。

「アランさんが来てから、この村は本当に変わったなあ」


アラン、王女、女騎士、エルフ、そして村娘。

何の接点もなかったはずの者たちが、一人の「のんびりしたいだけ」の青年を中心に、奇妙な共同体を形成しつつあった。



その頃、彼らのあずかり知らぬ場所で、アランという存在を巡る世界は、大きく動き始めていた。


エリュシア王国からの極秘の使節団が、クライネルト王国の王都に到着した。

通常、他国の使節団が王都を訪れる際は、仰々しい儀礼と手続きが必要となる。だが、今回、彼らはクライネルト王国の宰相にだけ、極秘裏に面会を求めた。


「――賢者アラン様との、不可侵及び友好条約の締結を、我が国の最優先事項として、お願いしたく参りました」


エリュシアの使節団長が、クライネルトの宰相――老大公ダリウスに深々と頭を下げる。

ダリウスは、長年、この国の政治を牛耳ってきた老獪な男だ。だが、その彼でさえ、エリュシア側のあまりに突飛な申し出に、眉をひそめざるを得なかった。


「アラン……? その名は、我が主君であるクライネルト公爵家の三男坊の名だが……。彼が、一体何を?」

「何をご謙遜を。アラン様は、我が国の第一王女セラフィーナ様の不治の病を、一杯のお茶で癒し、単身で騎士団を無力化し、そして、神話の時代より続く古代の封印を修復された、生ける伝説そのものでございます。我が国は、アラン様を、神々の使者、あるいはそれ以上の存在と認識しております」


使節団長が、真顔で、熱っぽく語る。

ダリウスは、混乱した。アランといえば、魔術の才能はあるが、人付き合いが苦手で、書庫に引きこもってばかりいる、冴えない三男坊。それが、いつの間に、そんな神話級の怪物になっていたというのか。


だが、エリュシア側が、国を挙げてこんな冗談を言うはずがない。

ダリウスの脳裏に、ここ数週間で、別々のルートから入ってきた、いくつかの奇妙な報告が、パズルのピースのように繋がり始めた。


一つは、西部の辺境を治める代官、バルザックからの、支離滅裂な報告書。

『謎の魔術師の妖術にかかり、騎士団全員が眠らされた。土地の権利書を奪われた』

当初は、職務怠慢の言い訳だと一蹴していたが……。


もう一つは、冒険者ギルドの中央本部から、極秘ルートで届けられた、特A級の警戒情報。

『西部辺境、ルナ村在住の魔術師アラン・フォン・クライネルト。推定ランクSSS。単独でAランクモンスターの巣を、痕跡すら残さず『消去』した可能性あり。接触を推奨せず』


そして、今回の、エリュシア王国からの、国家を挙げた申し出。


全ての情報が、一点を指し示していた。

クライネルト公爵家が見捨てた三男坊が、今や、二つの国を揺るがすほどの、規格外の「何か」に変貌している、と。


「……承知した。賢者アラン殿への使者については、我が国で責任を持って手配しよう。しばし、ご猶予をいただきたい」

ダリウスは、ポーカーフェイスを崩さぬまま、そう答えるのが精一杯だった。


使節団が退出した後、彼は一人、執務室で頭を抱えた。

(どうなっておるのだ……!? あのアランが、なぜ……。いや、今は原因を探るより、事実確認が先決か!」


彼は、すぐさま、最も信頼の置ける部下――王家直属の諜報機関『影のシャドウ・オウル』の長を呼び寄せた。


「直ちに、西部辺境ルナ村へ飛べ。そこにいる、アラン・フォン・クライネルトが、一体何者なのか。その目で、確かめてこい。ただし……」

ダリウスは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「……決して、敵に回すな。最大限の敬意を払い、慎重に接触せよ」



その数日後。

クライネルト王国の王宮では、別の議題で、重苦しい会議が開かれていた。

議題は、凋落著しい、勇者パーティーの処遇について。


「メルトリア伯爵からの支援打ち切りに続き、他の貴族からも、クレームが殺到しております。『あれでは勇者の名折れだ』と」

「ギルドに負った借金も、一向に返済の目処が立っておりません」

「何より、彼らの精神的な摩耗が深刻です。もはや、魔王討伐どころではないかと……」


大臣たちの報告に、国王は深くため息をついた。

勇者パーティーは、国の威信をかけた一大プロジェクトだ。今更、「失敗でした」では済まされない。


その時、一人の大臣が、おそるおそる口を開いた。

「……陛下。一つの、提案がございます。パーティーの、テコ入れです」

「テコ入れ、だと?」

「はい。現在のパーティーに欠けているのは、優秀な後衛、特に、戦況を安定させる支援魔術師です。かつて、パーティーに所属していたという、クライネルト公爵家の三男坊……アラン殿を、呼び戻してみては、いかがでしょうか」


その提案に、会議室がざわめいた。

アランの名は、今や、王宮の一部では「勇者パーティーを弱体化させた元凶」として、半ば公然と囁かれていた。カイルたちが、自分たちの不甲斐なさを棚に上げ、「アランが勝手に抜けたせいで、調子が狂った」と吹聴していたからだ。


だが、背に腹は代えられない。

国王は、苦渋の表情で頷いた。

「……よかろう。クライネルト公爵に話をつけ、アランとやらの復帰を打診してみよ。彼が戻れば、少しは状況も改善されるやもしれん」


こうして、二つの、全く異なる目的を持った使者が、奇しくも、同じ時期に、同じ辺境の村を目指すことになった。


一方は、アランを「神の如き賢者」として、国家間の友好を求めて。

もう一方は、アランを「落ちこぼれパーティーを立て直すための、都合の良い駒」として、復帰を命じるために。


二つの思惑が交差する時、何が起きるのか。

歴史の転換点は、今や、一人の青年の、ささやかなスローライフのすぐそこまで、迫っていた。


そして、当のアランは。

「うーん、この古文書、ここの古代ルーン文字だけ、どうしても解読できないんだよなあ」

と、セラフィーナとルミナが用意してくれたお茶とお菓子を楽しみながら、世界の動向など全く意に介さず、趣味の研究に没頭していた。


彼が、自分の知らないところで、二つの国から公式に使者が送られてくるほどの「英雄」に祭り上げられていることを知るのは、もう少しだけ、先の話である。

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