騎士団にて
「ごべんなざいっ、ゆがっ、おにいぢゃん~~~ッ」
「大丈夫だ、ミーナ。私も同罪だ。きみがひとりのときでなくて幸いだ」
「うわああああああんっ」
騎士団に保護されたのだが、ミーナが泣き止まない。ディックがため息をつき、こちらを見下ろした。
「これに懲りたら、路地には入るな。いいな?」
「びゃいっ」
「すまなかった」
しゅん、と謝罪する。
大きな手に、ミーナと揃って頭をぐしぐし撫でられた。見上げたディックが苦笑いを浮かべている。
幼い頃から背が高いと思っていたが、ディックは高身長だ。
騎士団の制服姿も様になり、なんとも頼り甲斐のある雰囲気をしている。
どうやらミーナは、事の発端となったことについて責任を感じているらしい。嗚咽まみれの声が、そう言っていた。
……イオリとディックがいなければ、私たちは助かっていなかっただろう。
しかしそれは、ミーナだけの責任ではない。私も好奇心を走らせた。
それより、彼女がひとりで近道を使っているときでなくて、本当によかった。ミーナの背を宥めるようにたたく。
「さっきの男の人、なんだったんだろう……?」
しょんぼり俯いていたフランが、ぽつりと呟く。
ちらり、彼がディックへ視線を向けた。ふわふわの飴色の髪が、がしがし撫でられる。
「うわあっ!? ちょっと、ディック!」
「さあな」
短いディックの言葉に、私も口を噤んだ。
あの恰幅のよい男性の症状、おそらく聖水によるものだ。今は別室へ運ばれている男性の身を案じる。
大丈夫だろうか? 聖水そのものの影響しかり、ディックとイオリからの攻撃しかり……。
母上や男性の様子を見る限り、瘴気がたまると、攻撃性が増すのか?
そんなポイントカードのようなシステム、いらないんだが。
各地の魔物の活性化と同じなのか? 身体能力が上がっているような気もするんだが、そこのところはどういう影響なんだろう?
ううん、わからん……。アメリアかディックに聞いてみるか。イオリも知っていそうだ。
「そういえば、三人は顔見知りだったんだな」
呼吸の落ち着いてきたミーナと、フランとディックを順に見回し、思ったことを伝える。
きょとんと瞬いたディックが、フランを見下ろした。ぱちぱち瞬きを繰り返したフランが、ああ! 手をたたく。
「ミーナは僕の妹だよ」
「そうだったのか!?」
「うん」
にこにこと微笑むフランと、ずびずびしているミーナを見比べる。
そ、そういえば、人懐っこい性格と、笑った顔が似ているかもしれない……!
そうか、ミーナは家業を手伝っていたのか! フランとディックの面識があるのも当然だ!!
「なるほど。納得した」
「有名だぜ、ネーブルのきょうだい」
「有名なんだ!? 知らなかったよ……」
「安心しろ。悪い有名じゃない」
「よかった……」
驚いていたフランが、胸を撫で下ろしている。
わかるぞ。人懐っこいとか、ほわほわしているとか、そういった類だろう? 人気なんだろう?
ふふん、私の自慢の友人だからな。
扉が開き、事情聴取を終えたイオリが戻ってきた。いつもの微笑を消した彼の顔は、とても険しい。舌打ちが聞こえてきそうだ。
こちらを向いたイオリが、いつもの心配性のイオリの顔になる。
急ぎ足で私の元まで来た彼が、膝をついて私の頬を撫でた。……待て。体勢が大袈裟過ぎないか?
「ユカ様、申し訳ございません。私がついていながら、ユカ様を危険に晒すなど……ッ」
「大事ない。私が自ら飛び込んだんだ。イオリは悪くない」
「しかし……ああッ、お労しい!! 爪が欠けております! あの者、汚らわしい手でよくもユカ様を……。二度と触れられぬよう、細切れにしてくれるッ」
「どう足掻いても血生臭いな。やめてくれ。私なら大丈夫だ」
イオリの剣幕に、ミーナがひえっと言っている。
ほら、愛らしい婦女子が怯えている。イオリ、落ち着いてくれ。
ミーナの肩を解放し、イオリの手を握る。はっと顔を上げた彼が、切なげに頬を染めた。
……覚えているか? イオリ。私は15の小娘だ。きみの将来が心配になる。
「ユカさま……」
「母上に何と説明したものか……、言い訳を一緒に考えてくれ。すまない、ミーナ、フラン、ディック。私たちは失礼する」
「うん。ユカくん、気をつけて帰ってね」
疲れた顔で微笑んだフランが、小さく手を振る。ミーナもフランのハンカチに顔を埋めながら、ぐしぐし手を振っていた。
ディックの足が動く。
「そこまで送ろう」
「……ああ、助かる」
イオリが開いた扉を、ディックが支える。……どうやら話があるらしい。
廊下へ出ると、彼が私の後ろをゆったりと歩いた。
「すまない、ユカ。こわい思いをさせた」
「その話は先ほど終わったばかりだろう」
「いや。俺が押さえた貴族の男。あいつは偽の聖水を服用していた」
「……だろうな」
ひそめられた低い声が、人の行き交う廊下に混じる。慌しく騎士団員が過ぎ去り、ばたばたとした足音が響いていた。
「家の者から通報があり、駆けつけたところで彼はパニックに陥ってしまった。そこから姿をくらまし、お前たちと遭遇した」
「……そうか。彼は無事か?」
やんわりと微笑んだディックが、私の頭を撫でた。
……おい、イオリ。何故今、鯉口を鳴らしたんだ?
「威圧感が過ぎるのではないでしょうか。もう少し紳士的な対応を求めたい」
「わりぃな」
イオリの低い声に、ディックが私から手を離す。
イオリに繋がれた手に圧がかかった。くい、と引き寄せられる。
苦く笑ったディックが、頭の後ろで手を組んだ。
「ユカ、重々気をつけてくれ。今この国は混沌としている。まだ表層化していないだけで、ひそんでいるものは多い」
「……わかった」
「ぱっと神子がやってきて、ぱぱっと片づけてくれりゃあいいんだけどな」
彼の言葉に、胸が詰まる心地を覚える。
神子、か。どんな子がくるだろうか?
アメリアもイオリもディックも、みんな神子の元へ向かうのか。
「召喚の目処は立っていないのか?」
「さあな。大神殿と王家で相談してんだろ」
「そうか……」
イクスも大変だな。今頃、各方面からせっつかれているのか。
フィオナ嬢も率先して要望を出していると言っていたからな……。本当に、あと2年待たずとも召喚されそうだ。
「……ユカ?」
ふとディックに呼ばれ、顔を上げる。
彼は背が高く、伸び悩んでいる私との身長差が激しい。私ももっと伸びたい。チビは嫌だ。
徐に立ち止まった彼が、腰を屈める。私の頬に触れ、茶色の目が細められた。
「大丈夫か? 浮かない顔してるぞ」
「平気だ。少し疲れただけだ」
「そうか……」
元の体勢へ戻る際、ディックが私の頭を撫でる。
……そんな顔をしていたのか。感傷に浸ったからな。今後、気をつけねばならんな。
それはそうと、イオリ。頼むから鯉口を鳴らさないでくれ……。




