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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り2年
25/27

騎士団にて

「ごべんなざいっ、ゆがっ、おにいぢゃん~~~ッ」

「大丈夫だ、ミーナ。私も同罪だ。きみがひとりのときでなくて幸いだ」

「うわああああああんっ」


 騎士団に保護されたのだが、ミーナが泣き止まない。ディックがため息をつき、こちらを見下ろした。


「これに懲りたら、路地には入るな。いいな?」

「びゃいっ」

「すまなかった」


 しゅん、と謝罪する。

 大きな手に、ミーナと揃って頭をぐしぐし撫でられた。見上げたディックが苦笑いを浮かべている。

 幼い頃から背が高いと思っていたが、ディックは高身長だ。

 騎士団の制服姿も様になり、なんとも頼り甲斐のある雰囲気をしている。


 どうやらミーナは、事の発端となったことについて責任を感じているらしい。嗚咽まみれの声が、そう言っていた。

 ……イオリとディックがいなければ、私たちは助かっていなかっただろう。

 しかしそれは、ミーナだけの責任ではない。私も好奇心を走らせた。

 それより、彼女がひとりで近道を使っているときでなくて、本当によかった。ミーナの背を宥めるようにたたく。


「さっきの男の人、なんだったんだろう……?」


 しょんぼり俯いていたフランが、ぽつりと呟く。

 ちらり、彼がディックへ視線を向けた。ふわふわの飴色の髪が、がしがし撫でられる。


「うわあっ!? ちょっと、ディック!」

「さあな」


 短いディックの言葉に、私も口を噤んだ。


 あの恰幅のよい男性の症状、おそらく聖水によるものだ。今は別室へ運ばれている男性の身を案じる。

 大丈夫だろうか? 聖水そのものの影響しかり、ディックとイオリからの攻撃しかり……。


 母上や男性の様子を見る限り、瘴気がたまると、攻撃性が増すのか?

 そんなポイントカードのようなシステム、いらないんだが。

 各地の魔物の活性化と同じなのか? 身体能力が上がっているような気もするんだが、そこのところはどういう影響なんだろう?

 ううん、わからん……。アメリアかディックに聞いてみるか。イオリも知っていそうだ。


「そういえば、三人は顔見知りだったんだな」


 呼吸の落ち着いてきたミーナと、フランとディックを順に見回し、思ったことを伝える。

 きょとんと瞬いたディックが、フランを見下ろした。ぱちぱち瞬きを繰り返したフランが、ああ! 手をたたく。


「ミーナは僕の妹だよ」

「そうだったのか!?」

「うん」


 にこにこと微笑むフランと、ずびずびしているミーナを見比べる。

 そ、そういえば、人懐っこい性格と、笑った顔が似ているかもしれない……!

 そうか、ミーナは家業を手伝っていたのか! フランとディックの面識があるのも当然だ!!


「なるほど。納得した」

「有名だぜ、ネーブルのきょうだい」

「有名なんだ!? 知らなかったよ……」

「安心しろ。悪い有名じゃない」

「よかった……」


 驚いていたフランが、胸を撫で下ろしている。

 わかるぞ。人懐っこいとか、ほわほわしているとか、そういった類だろう? 人気なんだろう?

 ふふん、私の自慢の友人だからな。


 扉が開き、事情聴取を終えたイオリが戻ってきた。いつもの微笑を消した彼の顔は、とても険しい。舌打ちが聞こえてきそうだ。

 こちらを向いたイオリが、いつもの心配性のイオリの顔になる。

 急ぎ足で私の元まで来た彼が、膝をついて私の頬を撫でた。……待て。体勢が大袈裟過ぎないか?


「ユカ様、申し訳ございません。私がついていながら、ユカ様を危険に晒すなど……ッ」

「大事ない。私が自ら飛び込んだんだ。イオリは悪くない」

「しかし……ああッ、お労しい!! 爪が欠けております! あの者、汚らわしい手でよくもユカ様を……。二度と触れられぬよう、細切れにしてくれるッ」

「どう足掻いても血生臭いな。やめてくれ。私なら大丈夫だ」


 イオリの剣幕に、ミーナがひえっと言っている。

 ほら、愛らしい婦女子が怯えている。イオリ、落ち着いてくれ。


 ミーナの肩を解放し、イオリの手を握る。はっと顔を上げた彼が、切なげに頬を染めた。

 ……覚えているか? イオリ。私は15の小娘だ。きみの将来が心配になる。


「ユカさま……」

「母上に何と説明したものか……、言い訳を一緒に考えてくれ。すまない、ミーナ、フラン、ディック。私たちは失礼する」

「うん。ユカくん、気をつけて帰ってね」


 疲れた顔で微笑んだフランが、小さく手を振る。ミーナもフランのハンカチに顔を埋めながら、ぐしぐし手を振っていた。

 ディックの足が動く。


「そこまで送ろう」

「……ああ、助かる」


 イオリが開いた扉を、ディックが支える。……どうやら話があるらしい。

 廊下へ出ると、彼が私の後ろをゆったりと歩いた。


「すまない、ユカ。こわい思いをさせた」

「その話は先ほど終わったばかりだろう」

「いや。俺が押さえた貴族の男。あいつは偽の聖水を服用していた」

「……だろうな」


 ひそめられた低い声が、人の行き交う廊下に混じる。慌しく騎士団員が過ぎ去り、ばたばたとした足音が響いていた。


「家の者から通報があり、駆けつけたところで彼はパニックに陥ってしまった。そこから姿をくらまし、お前たちと遭遇した」

「……そうか。彼は無事か?」


 やんわりと微笑んだディックが、私の頭を撫でた。

 ……おい、イオリ。何故今、鯉口を鳴らしたんだ?


「威圧感が過ぎるのではないでしょうか。もう少し紳士的な対応を求めたい」

「わりぃな」


 イオリの低い声に、ディックが私から手を離す。

 イオリに繋がれた手に圧がかかった。くい、と引き寄せられる。


 苦く笑ったディックが、頭の後ろで手を組んだ。


「ユカ、重々気をつけてくれ。今この国は混沌としている。まだ表層化していないだけで、ひそんでいるものは多い」

「……わかった」

「ぱっと神子がやってきて、ぱぱっと片づけてくれりゃあいいんだけどな」


 彼の言葉に、胸が詰まる心地を覚える。


 神子、か。どんな子がくるだろうか?

 アメリアもイオリもディックも、みんな神子の元へ向かうのか。


「召喚の目処は立っていないのか?」

「さあな。大神殿と王家で相談してんだろ」

「そうか……」


 イクスも大変だな。今頃、各方面からせっつかれているのか。

 フィオナ嬢も率先して要望を出していると言っていたからな……。本当に、あと2年待たずとも召喚されそうだ。


「……ユカ?」


 ふとディックに呼ばれ、顔を上げる。

 彼は背が高く、伸び悩んでいる私との身長差が激しい。私ももっと伸びたい。チビは嫌だ。

 徐に立ち止まった彼が、腰を屈める。私の頬に触れ、茶色の目が細められた。


「大丈夫か? 浮かない顔してるぞ」

「平気だ。少し疲れただけだ」

「そうか……」


 元の体勢へ戻る際、ディックが私の頭を撫でる。

 ……そんな顔をしていたのか。感傷に浸ったからな。今後、気をつけねばならんな。


 それはそうと、イオリ。頼むから鯉口を鳴らさないでくれ……。

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