表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り2年
23/27

15歳と16歳の会話

 瘴気の問題が出て以来、イクスことイクシス王子は、ぱったりとうちへ来ることがなくなった。

 忙しいのだろう。時折フィオナ嬢が遊びに来ては、イクシス王子の近況を教えてくれる。

 彼女は彼の婚約者であるにも関わらず、なにかとイクシス王子を勧めてくる。謎だ。


「そこでイクシス様にお手紙を勧めてみたのですけど、あの朴念仁、書き出しの二行でつまづいていますの」

「フィオナ嬢、いつも思うが辛辣だな?」


 優雅に扇子で口許を隠したフィオナ嬢が、うふふと微笑む。

 私には彼女の立ち位置がわからない。……本気で私とイクシス王子をくっつけて、自身を蹴落とさせる役に配置していないだろうな? このご令嬢、腹の底が透けない。


「まあそんな不器用なイクシス様ですが、そんなところも魅力だと思いますの。どうでしょう、ユカ」

「どう、と言われてもだな……」

「顔だけはずば抜けてよろしくてよ」


 返答に困ることを言わないでくれ、フィオナ嬢……。

 上品な仕草で紅茶を飲む彼女は、とても悠々としている。……私がおかしいのか? いや、そんなことはない。私は私の感性を信じる。


「それより、フィオナ嬢は『聖水』の被害には遭っていないか?」


 私の質問に、ちらりと彼女がこちらを向いた。再び悠々とした仕草で、彼女がカップを揺する。

 フィオナ嬢の家は爵位が高い。

 そして彼女は引きこもりの私とは異なり、社交界へ顔が利く。

 フィオナ嬢の緩く弧を描いた唇が、ゆっくりと開かれた。


「ああ、件のお水ですわね。わたくしの元には来ておりませんわ。他のものはどうかは存じませんけど」

「そうか……」


 フィオナ嬢でも知らないのか……。

 何かしらの情報が得られればと思っていたため、落胆に肩が落ちる。


「『特別』という記号が厄介ですわ。あなたにだけ、という言葉に、人は弱いですもの」

「そうだな。……そのせいで露見しないわけだが」

「ええ。それに注意を呼びかけたことによって、手口が巧妙になりますわ。神官服で売れないのなら、奇跡の御技、とかなんとかで売ればいいんですもの」

「奇跡の御技か……」

「枯れた花でも再起させれば、たかが水でも高値で売れますわ」


 例えばの話ですけど。フィオナ嬢が呟く。

 さてはフィオナ嬢、詐欺師の才能があるな? イクスといい、アメリアといい、聡い人が多いな。


 フィオナ嬢がカップをソーサーへ戻した。彼女が真っ直ぐにこちらを見詰める。


「たかが水に金を注ぎこむ程度でしたら、わたくしそこまで問題視しませんの。それより、瘴気の方が恐ろしくございます」

「……フィオナ嬢は、瘴気の混じった方も知っているのか」

「ええ、もちろん」


 今回の詐欺は、被害件数の多いただの水と、瘴気の混じった水の二種類にわかれる。

 特に後者は混乱を招くため、ごく一部の層にしか伝わっていない。

 ……当然私の家で起こったことだとは知らされていない。家名に響くからな。


「今や水や大気に瘴気が混じり、わたくしたちは日常的に瘴気を取り込んでおりますわ。自浄と汚染のバランスが崩れたとき、『聖水』を摂取していなくとも、『聖水』を摂取したときと同じ効果が出るとは思いませんこと?」


 ゆったりと片手を上げた彼女の言葉に、母上の症状を思い出す。

 ……蔓延しては厄介だ。浄化が間に合わなかった先のことを、私は知らない。もしもあのとき母上が私の首を絞め続けていれば、……家という閉鎖された環境で、それは不味い。


「……厄介だな」

「ええ、厄介ですの。早く神子を召喚するよう、せっついております」


 神子の召喚まで、私はあと2年だと思っていたが、もしかすると早まるのかもしれない。

 逸早い浄化が、人々を助ける。

 ……私情は抜こう。この国は神子を求めている。


 ぱんっ! 手を鳴らしたフィオナ嬢に、びくりと肩が跳ねた。予想外の音に、心臓がばくばく鳴っている。

 いたずらっぽく微笑んだ彼女が、大仰な動作で扇子を開いた。


「真面目なお話は仕舞いですわ。それよりわたくし、名案が浮かびましたの!」

「何だ?」


 突然のうきうきした顔に、何故だろうか嫌な予感しかしない。心持ちソファに浅く腰掛けた。背筋を伸ばして身構える。

 にっこり、フィオナ嬢が極上の笑みを浮かべた。


「絵師を呼びまして、あなたの姿絵を描いてもらいますの。ドレス姿で」

「断る」

「いいじゃありませんこと! せめてキャンパスの中でくらい、フリルに埋もれてくださいな! イクシス様とアメリア様へ速達で送りつけますから!」

「断るッ!! 肖像権の侵害だ!」


 ぞぞぞぞ、走った怖気に立ち上がる。両腕に立った鳥肌を袖の上から擦り、フィオナ嬢から距離を取った。

 高らかに指を鳴らしたフィオナ嬢が、彼女のおつきを呼び寄せる。運ばれたトランクが開けられ、中に詰められた布の塊を彼女が引っ張り出した。


 ……久方振りに目にしたドレスは、水色とピンクで織り成されたファンシーなものだった。うっ、めまいが……。


「では今ここで、わたくしが選んだドレスを着ていただきませんこと!」

「嫌だ……! 何故その二択なんだ!?」

「わたくしのドレスが着れないというの!?」

「突然のハラスメントだな!?」


 その後応接間で本気の鬼ごっこを繰り広げた。

 イオリがさり気なく邪魔してくる辺り、彼は私の味方ではないのだと悟った。くそう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ