15歳と16歳の会話
瘴気の問題が出て以来、イクスことイクシス王子は、ぱったりとうちへ来ることがなくなった。
忙しいのだろう。時折フィオナ嬢が遊びに来ては、イクシス王子の近況を教えてくれる。
彼女は彼の婚約者であるにも関わらず、なにかとイクシス王子を勧めてくる。謎だ。
「そこでイクシス様にお手紙を勧めてみたのですけど、あの朴念仁、書き出しの二行でつまづいていますの」
「フィオナ嬢、いつも思うが辛辣だな?」
優雅に扇子で口許を隠したフィオナ嬢が、うふふと微笑む。
私には彼女の立ち位置がわからない。……本気で私とイクシス王子をくっつけて、自身を蹴落とさせる役に配置していないだろうな? このご令嬢、腹の底が透けない。
「まあそんな不器用なイクシス様ですが、そんなところも魅力だと思いますの。どうでしょう、ユカ」
「どう、と言われてもだな……」
「顔だけはずば抜けてよろしくてよ」
返答に困ることを言わないでくれ、フィオナ嬢……。
上品な仕草で紅茶を飲む彼女は、とても悠々としている。……私がおかしいのか? いや、そんなことはない。私は私の感性を信じる。
「それより、フィオナ嬢は『聖水』の被害には遭っていないか?」
私の質問に、ちらりと彼女がこちらを向いた。再び悠々とした仕草で、彼女がカップを揺する。
フィオナ嬢の家は爵位が高い。
そして彼女は引きこもりの私とは異なり、社交界へ顔が利く。
フィオナ嬢の緩く弧を描いた唇が、ゆっくりと開かれた。
「ああ、件のお水ですわね。わたくしの元には来ておりませんわ。他のものはどうかは存じませんけど」
「そうか……」
フィオナ嬢でも知らないのか……。
何かしらの情報が得られればと思っていたため、落胆に肩が落ちる。
「『特別』という記号が厄介ですわ。あなたにだけ、という言葉に、人は弱いですもの」
「そうだな。……そのせいで露見しないわけだが」
「ええ。それに注意を呼びかけたことによって、手口が巧妙になりますわ。神官服で売れないのなら、奇跡の御技、とかなんとかで売ればいいんですもの」
「奇跡の御技か……」
「枯れた花でも再起させれば、たかが水でも高値で売れますわ」
例えばの話ですけど。フィオナ嬢が呟く。
さてはフィオナ嬢、詐欺師の才能があるな? イクスといい、アメリアといい、聡い人が多いな。
フィオナ嬢がカップをソーサーへ戻した。彼女が真っ直ぐにこちらを見詰める。
「たかが水に金を注ぎこむ程度でしたら、わたくしそこまで問題視しませんの。それより、瘴気の方が恐ろしくございます」
「……フィオナ嬢は、瘴気の混じった方も知っているのか」
「ええ、もちろん」
今回の詐欺は、被害件数の多いただの水と、瘴気の混じった水の二種類にわかれる。
特に後者は混乱を招くため、ごく一部の層にしか伝わっていない。
……当然私の家で起こったことだとは知らされていない。家名に響くからな。
「今や水や大気に瘴気が混じり、わたくしたちは日常的に瘴気を取り込んでおりますわ。自浄と汚染のバランスが崩れたとき、『聖水』を摂取していなくとも、『聖水』を摂取したときと同じ効果が出るとは思いませんこと?」
ゆったりと片手を上げた彼女の言葉に、母上の症状を思い出す。
……蔓延しては厄介だ。浄化が間に合わなかった先のことを、私は知らない。もしもあのとき母上が私の首を絞め続けていれば、……家という閉鎖された環境で、それは不味い。
「……厄介だな」
「ええ、厄介ですの。早く神子を召喚するよう、せっついております」
神子の召喚まで、私はあと2年だと思っていたが、もしかすると早まるのかもしれない。
逸早い浄化が、人々を助ける。
……私情は抜こう。この国は神子を求めている。
ぱんっ! 手を鳴らしたフィオナ嬢に、びくりと肩が跳ねた。予想外の音に、心臓がばくばく鳴っている。
いたずらっぽく微笑んだ彼女が、大仰な動作で扇子を開いた。
「真面目なお話は仕舞いですわ。それよりわたくし、名案が浮かびましたの!」
「何だ?」
突然のうきうきした顔に、何故だろうか嫌な予感しかしない。心持ちソファに浅く腰掛けた。背筋を伸ばして身構える。
にっこり、フィオナ嬢が極上の笑みを浮かべた。
「絵師を呼びまして、あなたの姿絵を描いてもらいますの。ドレス姿で」
「断る」
「いいじゃありませんこと! せめてキャンパスの中でくらい、フリルに埋もれてくださいな! イクシス様とアメリア様へ速達で送りつけますから!」
「断るッ!! 肖像権の侵害だ!」
ぞぞぞぞ、走った怖気に立ち上がる。両腕に立った鳥肌を袖の上から擦り、フィオナ嬢から距離を取った。
高らかに指を鳴らしたフィオナ嬢が、彼女のおつきを呼び寄せる。運ばれたトランクが開けられ、中に詰められた布の塊を彼女が引っ張り出した。
……久方振りに目にしたドレスは、水色とピンクで織り成されたファンシーなものだった。うっ、めまいが……。
「では今ここで、わたくしが選んだドレスを着ていただきませんこと!」
「嫌だ……! 何故その二択なんだ!?」
「わたくしのドレスが着れないというの!?」
「突然のハラスメントだな!?」
その後応接間で本気の鬼ごっこを繰り広げた。
イオリがさり気なく邪魔してくる辺り、彼は私の味方ではないのだと悟った。くそう……。




