表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り2年
20/27

アメリアが来てくれた

「久しぶり、ユカ」

「アメリア!」


 自宅の庭で、普通の水やりをしていたところだった。

 かけられた声に振り返ると、最後に会った日よりも背の高くなったアメリアがいた。

 優しげな笑顔は相変わらずで、ひらひらと手を振っている。


「見違えたな、アメリア。かっこよくなったぞ」

「ありがとう。ユカもきれいになったね」

「ははは。ただの15の小娘だ」


 彼の世辞に、けらりと笑う。

 19歳になったアメリアは騎士団に所属しており、色々と大変らしい。

 時折手紙で近況を報告してくれる。まず、朝が早いらしい。


 アメリアが私の隣に立った。……周りがどんどん伸びていくから、私はさみしい。私ももっと伸びたい。

 上を向くと、頬に手が添えられた。

 昔つないだ柔らかかった手のひらとは程遠い、剣を持つ大きな手だ。

 ……置いていかれるような心地だ。私もこうなりたかった。


 アメリアが目許を緩める。常盤色の目は、いつも穏やかな色をしている。


「元気だった?」

「私はな」

「……誰か、具合悪いの?」


 心配そうな声音で、アメリアが眉尻を下げる。

 彼から目を逸らし、家の方を見詰めた。

 開いた大窓が、レースのカーテンを揺らしている。

 薄暗い室内へ向けて、ゆるく手を振った。


「……最近、母上の調子が芳しくない」

「瘴気の影響?」

「…………」


 口を噤んで俯く。

 私の両親は、熱心な信徒だ。敬愛して止まない司教殿から、貴重な聖水を譲り受けた。

 その聖水が原因で体調を崩したなどと、果たして聞き入れてもらえるのだろうか?


 母上は今でも、縋るように聖水を口にしている。

 父上は、母上と私のために服用を控えていた。それだけが救いだ。


 ……どうにかして、聖水の使用をやめさせたい。けれども、何といえばいいのだろうか?

 それに、本当に聖水が原因なのかも、事例ひとつでは判断に乏しい。



 私の様子になにごとか察したのだろう、アメリアが大窓へ向かって手を振る。

 ……あの部屋で、母上は静養している。

 母上の気が少しでも癒えるように、彼女のすきな花を庭に配置してもらった。


 アメリアに背を押されるまま、家の中へと入る。

 腰を屈めた彼が、小さな声で耳打ちした。


「教えて。力になれるかも知れない」

「……来てくれ」


 アメリアは真摯な人物だ。悪いことは、悪いと言ってくれる。

 彼の手を掴み、自室へ案内する。急ぎ足で扉を開け、彼を引き摺り込んで手荒く閉めた。


「あの、ユカ、その……、男の人をそう簡単に自室に招いちゃ……っ」

「アメリア、これを見てほしい」

「あ、うん。はい」


 けほんっ、アメリアが咳払いしている。

 構わず彼の前へ差し出した、青色の凝ったガラス瓶。

 驚いたように目を丸くしたアメリアが、小瓶を取り、様々な角度から眺めた。


「……どうしたの、これ」

「母上が、司教殿からもらったと言っていた。なあアメリア、これが何かわかるか?」


 難しい顔をしたアメリアが、聖水の小瓶を机に置く。

 片膝をついた彼が、私の手を握ってこちらを見上げた。


「司教様のご意思はよくわからないけど……、あのね、ユカ。聖水の扱いは、慎重に行わないといけないんだ。ユカは、これをどう使ってるの?」

「一日一回、ティースプーンに一杯を、水に薄めて飲めと言われたそうだ」


 アメリアの顔が、明らかに引きつった。彼が彼方を向いて、頭を抱える。


「……騎士団で教えられた聖水の使い方はね、ひとつが、魔物の忌避。危険地帯を抜けるときに、身体に振りまいて、敵が近づかないようにする方法なんだ」


 彼は言葉を選んでいる。私の顔色を確認しながら、手を握る圧を強めた。


「ふたつめが、魔物や瘴気に精神を汚染されたときに、気つけ薬として服用する方法。でも、そんな毎日飲むものじゃないんだよ。効果が強すぎるから」

「なら、母上は……」

「聖水の効果に負けちゃってるんだと思う。瘴気に満ちて不安なのはわかるけど、人の身体にも浄化能力は備わってるから」


 アメリアの言葉に、ほっと肩から力が抜けた。

 そうか、薬が毒になっていただけか。なら、聖水の服用をやめれば、母上は元気になるんだな?

 母上に伝えよう! 聖水の効果が強すぎるのだと!


「よかった……。ありがとう、アメリア。不安だったんだ。あの水、白いもやをまとっていて、失礼ながらうさんくさく感じていたんだ」

「白いもや……?」


 アメリアの顔が、またしても引きつった。

 ……何だ? 純正品は白いもやが出ないのか?


「私は飲みたくなくて、ミントにかけていたんだ。けれども二週間で枯れてしまって……」

「待って? え、そのミント残ってる? 聖水と合わせて見せてもらっていい?」

「ミントはもうない。プランターならここに……」


 ぎこちない笑顔のアメリアから手を離し、中身のなくなったプランターを引っ張り出す。


 ……はて。このプランターは緑色をしていただろうか? 白っぽかった気がするんだが。

 それに、えらくもふもふした内側だな? カビか? ……いや、それはいやだ。


 プランターにこんもりと沈む、緑色のもふもふに指を突っ込んでみる。

 もふっ、指が埋もれた。

 同時に、ピンと三角の形をしたものが、ふたつ立った。ぐるりと緑のもふもふが体勢を変える。


「…………」


 ぱちぱち、瞬く目と見詰め合う。

 ゆっくりアメリアの方へ振り返り、そっと謎の物体エックスを差し出した。

 彼の笑顔が、完全に引きつる。


「私のプランターがカビたようだ」

「魔物だよ、それ」


 何故、毎日聖水を振りかけたプランターから、魔物が生まれるんだ!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ