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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
14/27

苦手なことだってある

 乗馬を指導してくれるアメリアは、迎えに来てくれた段階から既に疲れ切っていた。

 そんな状態で走り回らせることも気の毒で、予定を変更して湖畔で休憩することにした。

 長閑な景色の中、苦笑いを浮かべたアメリアが膝を抱えて座る。


「ユカは噂話、大丈夫?」

「ああ、問題ない。私よりきみの方が大変そうだ」

「あはは……情けないことに……」


 力なく笑うアメリアが、「お断りの言葉が、尽きちゃった」小さく呟く。


 アメリアと私の婚約は、お互いに余計な縁談を断るための一時的な契約だ。

 一度は落ち着いていた彼の取り合いだったが、それが再び激化している。

 当事者として、さぞかし苦労を強いられているだろう。


 アメリアの珈琲色の髪をくしゃりと撫でた。驚いたように常盤色の目が丸くなる。


「どうだ? 未来の花嫁候補は見つかりそうか?」

「ユカまで意地悪言わないでよ……。この機に乗じてくる人なんて、財力目当てがほとんどなんだから」

「きみは見目も良いし、優しいからな」


 けらりと笑って、柔らかな髪を無遠慮に撫でる。

 ため息をついたアメリアは無抵抗で、されるがままになっていた。

 小鳥のさえずりが木々の間を縫い、木漏れ日が彼に光を通す。

 ……彼の瞳の色だな。陽光に透ける辺りの常盤色に目を細めた。


「……ユカ。婚約、ぼくの卒業までって言ったけど、もう少し伸ばしてもいい?」

「構わないが……案ずるな。人の噂など、すぐに廃れる」

「……そうだね」


 複雑そうな表情を浮かべたアメリアが、嘆息に混じらせ浅く呟く。

 顔を上げた彼が、いつもの温和な笑みを見せた。


「ユカは婚約を解消したあと、どうするの?」

「よくぞ聞いてくれた。私は風来坊になるんだ!」

「ふうらいぼう……?」


 不思議そうに瞬きを繰り返す彼に、ふふんと胸を張る。

 恐らく誰かに話すのは初めてだろう。今はお供のエレナも離れている。


 アメリアに顔を近づけ、にんまりとした唇に人差し指を当てた。


「このことは内密にしてくれ。母上に知られれば大変だ」

「うん、そうだと思う。……え、本当に? 本気で風来坊になるつもりなの?」

「ああ。今、食える野草と食えない野草の違いについて勉強している」

「……そ、そっか」


 困惑を一巡させたアメリアが、私へと向き直る。

 真剣な面持ちに首を傾げた。彼が潜めた声音で口を開く。


「ユカは、『風来坊』がどんな人か、わかる?」

「ああ。定所を持たない人のことだろう?」

「やっぱりわかって言ってたんだ……きみって本当、年の割りに言葉を知ってるよね……」


 項垂れた彼が頭を抱える。

 唸っている仕草に、もしや思い止まらせようとしているのかと察した。

 例えきみの説得だとしても、私は将来的に国の外へ追い出されるんだ。悪いが、聞いてやることは出来ない。


「アメリア、きみが何と言おうと、私はこの野望を実現させるからな」

「野望って……。そうは言っても、ユカは女の子なんだよ? 危ない人とか、お金とかどうするの」

「私も剣技を習いたいと申請したんだがな、未だに許可が下りない」

「だと思うよ」


 呆れ顔のアメリアを置いて、最大の難関に頭を悩ませる。

 母上は乗馬は許可してくれたが、剣技については首を縦に振ってくれない。

 私としては、身を守る術として確実に履修したい項目なんだが……。困ったものだ。


 アメリアも困惑している様子で、思案気な顔をしている。

 時折エレナの方を確認している彼は、内密という約束事を守ってくれているらしかった。


「ユカは、ぼくが婚約を解消したら、風来坊になるんだよね?」

「ああ」

「……それじゃあ、ぼくは婚約を解消しない」

「何故だ!? それは困る!」

「どうして?」


 一瞬傷付いたような顔をしたアメリアが、それでも真摯に私と向き合う。

 ……軽率だった。語るべき内容ではなかったな。


 少し考えればわかることだ。

 アメリアの立場では、自分が契約を解除すれば、人がひとり野垂れ死ぬかも知れない選択を迫られているんだ。……無意味に困らせてしまったな。


「きみにはもっと相応しい女性がいる。私のような粗悪品に構うな」

「どうしてきみはいつも、自分を蔑ろにするんだ……」


 今度こそ傷付いた顔をされ、思わず目を瞠る。

 母上に叱られているときとはまるで違う、焦燥感と不安感がない交ぜになったものが喉元まで競り上がった。

 場違いなまでに長閑な鳥の鳴き声が、無性に耳につく。


 どうしてきみがそんな顔をするんだ。問い掛けたい言葉が喉の奥で引っ掛かる。

 まごつく私の手に、アメリアの一回り大きな手が重ねられた。

 心臓と同じくらい、過剰に肩が跳ねる。


「アメリア、」

「ドレスが苦手だから? 言葉遣いが変わってるから?」

「アメリア、やめろ」

「きみは、自分で思っているよりも女の子なんだよ。手だってこんなに小さくて、小柄な――」

「嫌だ。やめてくれ。それ以上、言うな」


 辛うじて目に留めていたアメリアの喉元すら見れなくなり、俯けた視界が斑に生える草を映す。


 ――苦痛だった。女性として扱われることが、将来を口外出来ない現状が、苦痛で堪らなかった。

 彼は真摯に現在の私を諭そうとしているのに、私が気に掛けているのは、これから起こる予定調和だ。

 アメリアの優しさと真面目さに付け入っているようで、自分自身に吐き気がする。


 口を噤んだアメリアが、私の手を解放した。

 代わりに頬に手を添えられ、顔を上げるよう促す。

 それに抵抗する。困ったように吐息を漏らした彼が、小さく囁いた。


「……ごめんね。困らせたかったわけじゃないんだ」

「…………」

「ただ、心配なだけだよ」


 もう一度謝罪を口にした彼が、ゆっくりと手を滑らせる。

 親指が撫でた目許がくすぐったく、それでも私は顔を上げられなかった。アメリアの手が離れる。


「ぼく、卒業したら、騎士団に入るよ」

「……は?」


 彼の発した一言に、思わず顔を上げてしまった。

 ほっとしたように表情を緩めたアメリアが、いつもの温和な顔で続ける。


「ユカが習えない剣を鍛えてくる。それできみのことを守るよ」

「……いや、家督はどうするんだ!?」

「そういうのを全部ほったらかしにして、飛び出しちゃうのが風来坊だよ」


 悪戯に微笑んだアメリアに唖然とする。


 何故同行者になろうとしているんだ。

 きみは将来神子に仕えるんだぞ? 私などにかまけている暇などないんだぞ?

 いや、これも予定調和なのか? ゲームのアメリアは騎士団に所属していた。


 ……だとするなら、これでいいのだろう。

 まだ14歳の彼だ。先は長い。心変わりだって当然ある。その剣は、神子のために振るわれる。……その助力と思おう。


 私の顔を見たアメリアが、困ったように眉尻を下げた。

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