第96話 脱獄
まだ『神々の血雫』を所持していた、もしくは身に着けようとした、だけなら、皇族の名誉のために静かに毒杯をあおる事が許されたかも知れない。
子を宿した皇太子妃を襲撃した。
同時に皇太子も襲った。
逃走を助けようと東宮御所に付け火をした。
『清滝宮』からシャドウの偽の仮面や短刀やら何から何まで、襲撃と火付けの証拠がこれでもかと出てきた。
仕えていた女官や宦官達は悉く翻り、罪一等を減じて貰おうと証言をした。
それでもアルドリック達は、投獄されてなお、皇太子や皇帝への恨み言ばかり叫んでいる。
己達の無実や冤罪を訴え叫ぶのではなく、こんな事ならもっと早くに邪魔者を殺しておけば良かった、もっと早く『神々の血雫』を手に入れていれば良かった、と。
――この醜聞はあっと言う間に帝都の民にも知れ渡った。
きっと地獄横町が恐らく醜聞の発生源だろうな、とオレ達は思っている。娘を害するような存在をあの『スーサイド・レッド』の党首がそのままにする訳がないから。
このまま二人に厳重な処断を下さねば、帝都の民が皇族の品位を疑い、上に立つ者としての有様を侮るのは時間の問題だった……。
基本的にお人好しで「死刑は、その、ちょっと……」とよく口にする『善良帝』でさえ、「これはもはや庇いようが…………」と見捨てたほどの罪状と状態が露呈した事。
そして民衆の反感を抑える目的で――すぐさま処刑場でのアルドリックとアーリヤカの公開処刑が確定したのだった。
「あらテオ様、どちらに行かれますの?」
オレ達が車椅子で外に出かける仕度を始めたので、ユルルアちゃんが不思議そうな顔をする。
「アルドリックにぶつける石を探しに……」
ユルルアちゃんは微笑んで、
「オユアーヴが鍍金に使う薬品には、原液で浴びると肌を爛れさせる作用のものもあるとか」
「それも良い案だけれども、万が一飛び散ったりして無関係の人にかかったら詫びようがないだろう」
――ハッ!とユルルアちゃんは我に返って謝ってくれた。
「ああ、仰るとおりでしたわ!私、ついカッとなってしまって……」
オレ達は少し考え込んでから、
「君の恨みを晴らすため、ここは金貨を多めに用意しないか」
「金貨……ですか?」
「処刑人に、もっと苦しめて処刑するように袖の下を贈ると言うのはどうだろうか」
まあ、とユルルアちゃんは目を輝かせた。
「それでしたら、誰も危険ではありませんのに最も効果的ですわね!」
……ん?遠くで何か騒ぎが起きているようだ。また小火騒ぎじゃないだろうなと、念のためクノハルに様子見に行って貰う。
たまたまオユアーヴは顧問役をやっていて今は『黒葉宮』を不在にしていたから、クノハルが戻るまで俺達二人は待つ事にした。
「何だろうな?」
「何が起きているのでしょうね?」
おい、その騒ぎが近付いてくるみたいだぞ……?
念のためオレ達はユルルアちゃんに車椅子を押して貰って、扉が頑丈な奥の部屋に隠れようとした。
それが最大のミスだった。車椅子の方向転換のため、オレ達じゃなくてユルルアちゃんを玄関に一番近い位置に移動させてしまったのだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
――雄叫びを上げながら、オレ達とユルルアちゃん二人だけがいた『黒葉宮』に、釘のようなものを握りしめたアルドリックが飛び込んできた。




