第90話 紅瞳の一族
「貴様らは誤解している」
ギルガンドが呆れた顔をした。
「確かにキアラカ皇太子妃様は襲撃された、しかし皇太子殿下が庇われたので無傷だ。『シャドウ』の生死を問わぬ捕縛命令を下されたのはキアラカ皇太子妃様御本人だ」
「――ああ、そうでしたか。それなら構いません」
キアラードは途端に落ち着いて、瞳の色も紅では無くなった。
だが、ギルガンドの発言は『懸案事項』――いや、『爆弾発言』そのものである。
「まさか皇太子も一緒にいたのにキアラカちゃんが襲われたのか?」
ロウも、オレ達も当然ながら疑問に思った。
この帝国最大の大物がいたのに……狙う相手を間違えていないか?
ギルガンドは肯定のために首を振った。
「……皇太子妃様の御身を執拗に狙った上に、畏れ多くも女人を侮辱する発言までしていたらしい」
「きっと他の皇太子妃による嫌がらせでしょうよ、よくある話じゃないですか」とキアラードは冷淡に言った。「だからあれほど止めさせようとしたのに……」
「俺の聞いた限りじゃ、皇太子妃達は珍しく仲が良いらしいぞ。二人して何の後ろ盾もないキアラカちゃんにケプトフセフトの毛皮の襟巻きやイーステラの大粒の真珠の耳飾りを贈ったと言うのは有名な話だ」
それぞれが世界屈指の高級毛皮、真珠の名産地である。
「建前なら幾らだって取り繕えるでしょうよ、女ってのはそう言う生き物だ。女神の顔で慈しんで裏にある鬼女の顔でいたぶるなんて、よくある話ですよ」
冷めた態度でキアラードは口にした。ロウは、そうじゃない、と否定する。
「皇太子よりも先に妊んだ事を告げたんだぞ」
「は……?」
愕然としたキアラードにロウは告げる。こ、皇太子妃様が御懐妊だと!?とギルガンドも叫びそうになり、慌てて口に拳を押し当てながら目だけ剥いていた。
「女は同じ女からの悪意や敵意に男より敏いと聞く。もし本当に他の皇太子妃にいたぶられているのなら、どうしてキアラカちゃんは彼女達に真っ先に皇太子の子を妊んだ事を告げたんだ?」
「…………それは、」
「あの子が先に妊んだ事で他の皇太子妃に勝ろうなんて考えたりしないのは、父親のアンタが誰より分かっているだろう」




