第89話 地獄横町の主
ぐるぐるとやたらに歩き回った挙げ句に、この区画では珍しい占い師の所にオレ達は連れてこられた。ならず者は、その若い見た目の男の占い師に一礼して去って行く。
水晶玉を持った占い師の彼はオレ達を一目見てため息をついたが、ロウは手探りで椅子を見つけるとさっさと座ってしまった。
「……誰かと思ったら。ロウさん、貴方でしたか」
「要らんから返しに来たんだ、キアラード」
とロウは巨大な金のインゴットを突き返した。
「受け取れませんよ」
「でも俺が解決した訳じゃない」
「ロウさんも本当に困った御仁だ、ここで私に食ってかかるなんて。『閃翔』を連れているからですか?」
背後に7人。右手側に4人、それと遠くから様子を観察しているのが15人いる。『スーサイド・レッド』の党首、このキアラードの配下だろうな。
「こっちの五月蠅くてしつこいのは俺も予想外だったんだ」
『五月蠅くてしつこいの』と呼ばれたギルガンドが凄い顔をした。
「まあ良いでしょう」と彼はインゴットを受け取って仕舞った。「それでどうしてお二方が一緒にここに?」
「一つ訊きたい事があってな。昨日の夜中にここに現れたのは正真正銘の『シャドウ』だったか?」
「そりゃ、間違いなく。うちの手練れ5人が為す術無くやられたってのに……ああも見事に鮮やかにヴォイドを倒せるのは帝国十三神将とシャドウくらいなものでしょうよ。……と言うか、ロウさんの方がシャドウにお詳しいでしょう?何がどうして……」
「実は昨日の夜中に『シャドウ』が帝国城にも現れたと言うんだ。こっちの『シャドウ』はナイフ2本でキアラカちゃんを襲った上に東宮御所に放火までしたらしい」
「おい貴様、キアラカ皇太子妃様に何と不敬な!」とロウの胸ぐらを掴んだギルガンドだったが、ここで占い師の異変に気付いた。
「……キアラカが?」
それまで無表情で水晶玉をぼんやりと見つめていたこの男が、ギラギラとした目つきでオレ達を見たのだから。
その瞳は濃い紅の色に変わっていた。
深紅の瞳は吸血鬼の証だ。彼らは『乱詛帝』の呪詛に対して抵抗力があった所為で侵略を受け、故国を滅ぼされた上に虐殺された過去を持つ。
「ああ、『シャドウ』の生死を問わぬ捕縛命令が出されたんだと」
ロウはどうにかギルガンドの手を解いて、言った。
「その『シャドウ』はあの『シャドウ』じゃない。偽者で間違いない。ヴォイドを容易に仕留められる力量を持つのに、あの子の襲撃に失敗するような真似はあり得ない」
突然、口調までカミソリのように何処か危うさと鋭さを持つものに変わった。
こっちが本来のキアラードなのだろうな。
「俺もそう思っている。だが絵姿では間違いないらしい。何か情報を掴んでいないか?」
「……。裏切り者が『神々の血雫』を帝国城に持ち込んだらしい。だが誰に売ったのかまでは把握できていない」
「アレは一度身に着ければ身も心も人でなくなる。買った者が、ヴォイド特有の異常な精神状態でキアラカちゃんの襲撃を企んだ――と考えた方が理解しやすいな」
「帝国城の、誰だ?」
「それが分かっていたら『閃翔』はここに派遣されていない」
バキリ、とキアラードは水晶玉を握りしめてヒビを入れた。
「……あの子を幸せにすると約束したから泣く泣く看過したのに。守れないなら皇族など!」
あの、一応ここにも皇族がいるので、その前で暗殺宣言は止めて欲しい。




