第73話 ドワーフの血
『善良帝』って基本的に人の好い小心者のおっさんなんだ。臆病で野心が無くてママエナ様と二人で帝国城に小さな畑を作っては耕すのと、小さな池を改造して釣り堀代わりにして釣りを楽しむのが数少ない趣味だ。たまに鷹狩りに出かけるけれど、腕前が下手くそだからか、鷹を可愛がる方に全力を注いでいる。
政治的には皇太子と皇太子妃達に頼り切っていて、『私は田舎の小地主くらいが一番向いている』と本人もその自覚がある。
ただ……時々やらかす人なんだ。やらかすと言っても大したやらかしじゃない。基本的に皇太子達に一度は『これはやっても大丈夫かい?』と聞いた後でやらかすからだ。
だけどさ、『オユアーヴにドワーフの血が流れているのならば、その血を受け継ぐ者を増やそう!』は、個人的には超絶なやらかしに分類される代物だと思う。皇太子の方も二つ返事で許可を出してんじゃねーよ!やらかしのフォーミュラ1カーにジェットエンジンが付属したようなものだぞ!
「これは勅命である。オユアーヴ・クォクォには特例として『従属の首輪』を外し御印工房の顧問に任命した上で妻帯する事を許す。稀なるドワーフの血を少しでも増やすよう励め」
勅命の公文書を携えた使者がやって来て、何にも理解していないオユアーヴにそう告げた。
「何だ、夫人に俺から輸血すれば良いのか?」
「……は?」
使者がムッとした。
ふざけてはぐらかした上で大事な勅命を断ると思ったのだろう。
――オユアーヴは絶対にトンチンカンな返事をすると思ってはいたが、うわあああ!
この明後日の方向へ打ち返して来たか!
オレ達が目配せするとクノハルがすかさず使者に申し上げる。
「オユアーヴは偉大なる今上帝より我ら帝国臣民にとって光栄の極みたる勅命を賜るとは何一つ思いも寄らなかったため、ただ今混乱しておりまする。粛々と勅命を拝命し実行すべく我々でよく言い聞かせまする故、どうぞ御無礼をお許し頂きたく……」
「ふむ、ならば良きようにせよ」
「はっ!」
オユアーヴが何か言う前に、素早くクノハルが使者と勅命の記された公文書に向かって平伏してくれた。




