第72話 羨望とは
「何だ、私を笑いに来たのか?」
囚人の服を着せられて、『魔法封じ』の入れ墨までされたソーレは、暗い牢獄の小さな扉に付けられたのぞき窓から眩しそうにオユアーヴを見つめた。
「聞きたい事がある」
「今更何だ、私がやった一切は治安局の連中にぶちまけてやったのに」
「どうして俺の両親に毒を盛ったんだ」
「クォクォ家の当主の座を奪うために決まっているだろうが」
「だったら、どうして養子だった俺にも盛らなかったんだ?」
「貴様に……?」
初めてその考えに思い至ったのか、ソーレは少し考え込んだが、すぐにハハハハハハハハ!と大笑いして、
「きっと私は貴様が羨ましかったのだ!」
と答えた。
「貴様は私がどれほど手を伸ばしても届かない境地にあっさりと至っている。それが妬ましくて羨ましかった。簡単に毒を飲ませたくらいで殺してやるものかと思ったのだ」
「……俺の方こそ」オユアーヴはボロボロと涙をこぼして膝から崩れ落ちた。「ソーレがずっと羨ましかった!」
「俺は異物だった。生まれてからずっとこの世界にとっての異物だった。どうして俺はこんな有様なのだろうとずっとずっと辛かった、両親にいくら愛されても人らしく生きられなくて、人の心がちっとも分からなくて、感情に共感が出来なくて、その理由さえ理解できずに独りぼっちだった。家族の死にさえ無頓着な俺がずっと嫌だった。俺は俺が嫌いだった。美しいものを作り出していなければ一瞬だって生きていられなかったんだ!
でもソーレは分かっているんだろう?人の心が分かるから人の上に立てたんだろう?家族を作れたんだろう?誰かを愛して、憎んで、妬んで……その心を誰よりも分かってやる事が出来たんだろう!
ソーレが持っていたものはどれほど俺が欲しくても一度だって手に入れられなかったものだったのに――おまえこそ生まれながらに輝く宝石だったのに!」
ソーレは何も言わなかった。オユアーヴは声も無くすすり泣いていた。二人の間には息が苦しくなるまでの沈黙だけが存在していた。
やがて面会時間の終了を告げようと牢番が近付いてくる足音が聞こえると、ソーレの目から涙がこぼれた。
「私達は……限りなく近しくて、限りなく遠い存在だったのだな」




