第69話 性悪説の体現
冷水をかけられて意識が戻った時には地下室の中だった。この地下室をオユアーヴは見知っていた。クォクォ家が倉庫として使っていた旧『別邸』の一棟にある地下室だったから。もっとも数年前に倉庫としての機能は別の場所へ移転したと――そう聞いていた。
「起きたな、オユアーヴ」
灯りは小さな燭台のロウソク一つ。
その儚い光に照らされ、無精髭を生やし血走った目をした男が、木の棒を手にして、蓑虫のように全身を縛られた彼を見下ろしていた。
「ソーレ……なのか」
「はは、私も落ちぶれただろう。だがそれも全て貴様の所為だ!」
振り下ろされた棒が背中を強かに打って、オユアーヴは体を丸めて苦痛に耐えるしかない。
「貴様が!いなければ!私が!全てを!持って!いたんだ!」
何度も棒を振り下ろした後で、息が切れたソーレは埃を被った椅子に腰掛けた。
床に棒を突いて身を傾け、深呼吸をして息を整えた後、妙に優しい口調で話し出す。
「なあ、オユアーヴ、貴様はあのドワーフの血を引いているんだぞ?」
「……な、んの…こと、だ?」
「オユアーヴ、知らないのか。そうだな、貴様はいつだって鋼以外には無関心だった。だがそれこそが貴様がドワーフの一族の血を引いている最大の証左なんだよ」
ソーレは告げた、少し嗤うように。
「ドワーフはな、オユアーヴ。かつて鍛冶の神セイニース様から祝福を授かったと言う伝説があるんだ。鋼から美しいものを必ず生み出せると言う素晴らしい祝福だ。だがドワーフにとってそれは滅びへと導く忌まわしい呪禍でもあった。美しいものを生み出せる事に無我夢中になるがあまり個体数を減らしていき、最後の一族が住んでいた里も『乱詛帝』の意に逆らったがために潰された。『朕とパペティアーの美しく立派な銅像を作れ』との命令に『元からみっともなくて醜いから無理だ』とのたまったらしい……。
ハハハハハ、頭がおかしいとは思わないか?」
「……」
オユアーヴは答えられなかった。己も必ずそう答えると言う確信があったからだ。
「貴様については調べ尽くしてある。救貧院で赤子の時に捨てられていたのを伯父上達に育てられたんだとな?絹布に包まれていて、その絹布にはOYUAVと赤い糸で刺繍があった。だからオユアーヴと名付けられたと」
「それが、何だ……!」
「ドワーフの里には人間の若者が鍛冶の修行に来ていた。その男は里長のドワーフの娘と恋に落ちた。その時に生まれたのが貴様だよ、オユアーヴ」
「一体何の証拠があって……」
「ハハハハハハ!ここに来ても貴様、『何の証拠があって』だと?良いかオユアーヴ、ドワーフの里に派遣されたのは将来有望な鍛冶職人の若者だ。例えば――クォクォ家の本来の跡取り息子のような!」
「本来の、だと?そんな……」
「そうさ、オユアーヴ。タンドン・クォクォには兄がいた。天才と呼ばれた鍛冶職人だったが、若くして自害している。名前は、ヴァーヨー。VAUYOを、ほら、裏返して読めば……」




