第65話 似顔絵
「また貴様らか!」
「俺達だってもう詰められるのはうんざりだ!」
ロウもゲイブンも一通りの事情聴取を受けたが、何せ彼らには動機も無ければアリバイもあった。ロウの方は犯行の時間にずっと娼婦が隣にいた上に、ゲイブンはマダムの命令でお使いに行っていたからである。
「どうせロウさんは時間まで出てこないから、おいら、娼館のお手伝いしてて……。そうしたらマダムがお駄賃くれるからひとっ走り行ってこいって……。何を買ったって、えっと、石けんですぜ!最近流行の甘い匂いのするヤツですぜ!店のおばちゃんと値引き交渉して、んで言われたとおりに一箱買って荷車引いて帰ってきたら……そ、その時『番人』が『フェイタル・キッス』に駆け込んでいったんですぜ!」
「犯人の顔は見ていないのか」
「うう、見てないですぜ……」
「些細な事でも構わない、他に何か気付いた事は?」
「他に……?些細な……ええと……あ」
ここでゲイブンはある事に気付いた。
「そういや……石けんを入れて運ぶ空き箱が無かったんですぜ」
「空き箱だと?」
「へい、このくらい大っきな木箱で、この前のお使いの時に、店のおばちゃんに、次に買いに来る時でいいから返してくれって言われていたんですぜ。木箱だってタダじゃ無いからって……。だから、おいら荷車で引いて運んでいこうとして……先にちゃんと裏口に出したのにそれが無かったんですぜ。ドタバタで聞けてなかったけど、多分他の下働きの人が片付けたのかなーって」
「一つ聞く。その木箱には大人一人、隠れる事は出来そうか?」
「!!!!」
絶句したゲイブンの顔色が蒼白になった。それが何よりの答えだった。
似顔絵は完成したが、そこから捜査は進展しなかった。
皇太子の即位の日及び「善良帝」の退位の儀の日が半年後に迫っていた事もあり、警備体制を強化するために『神々の血雫』の捜査が優先されたからである。
何より、基本的に不仲な娼館で起きた事件を深く掘り下げるのは、治安局でも倦厭されたのだ。
「……だからって、捜査がほとんど進んでいないなんて」
帝国城へ帰る牛車の中で、ユルルアちゃんが涙をこぼした。オレ達は黙ってその涙を拭うしか出来なかった。
「ねえ、テオの兄貴、ユルルア姫さん、この顔を知りませんか?」
少しくしゃくしゃになった似顔絵の紙を渡されたオレ達は、あれ、と思った。
「もしかしてゲイブン、犯人を……?」
「へい。おいらは何にも出来ないけれど、何もしないままなのは嫌だったんですぜ」
きっとその心の中には、今でもフェーアの存在があるのだろう。
「……。そうか」
オレ達は肯いた。ゲイブンのこの素直さは本当に好ましい。
と、袖を引かれた。どうしたんだユルルアちゃん?
「テオ様、テオ様!」ユルルアちゃんが焦っている。「この顔、何処かで見た事がありますわ」
何だって!?
「帝国城の誰かか!」
「恐らく。大金持ちの客だったそうですし……ねえゲイブン、この似顔絵を借りても良いかしら?」
「犯人をとっ捕まえるためなら喜んで!ですぜ!」




