第64話 火急の事態を知らせる鐘
娼婦がマダムに右隣の部屋の異常を知らせて戻ってきた時には、ロウは既に壁に耳を当てていた。その険しく引きつった顔を見て、娼婦はますます嫌な予感がして身震いしたが、声を振り絞った。
「ロウさん!マダムに言ってきたよ!」
「どうか寝ているだけであってくれ……」
ロウがそう呟いた時、一条の期待を裏切るように、遊郭に鐘の音が四つずつ、合間をおいて四度鳴り響いた。
「嘘!」
娼婦の顔から血の気が引いていった。ロウは焦った様子で声を掛ける、
「すぐにこっちに来てくれ、巻き込まれたら大事だ!」
慌ててドアを閉めてロウの隣にやって来た娼婦は、うずくまって両手で顔を抑えて震えだす。
「ナナレレは固有魔法が使えるようになったばっかりなんだよ……!」
「この近くの娼館でもいい、癒やしの固有魔法を持っている者はいないのか?」
「そのナナレレなんだよ、『包帯』って固有魔法を使えたのは!」
ついに声を上げて泣き出す娼婦の背中を何度も何度もさすってやりながら――ロウも足音も荒く駆けてくる『番人』達が間に合う事だけをひたすら願っていた。
――遊郭はいつだって帝国治安局を苦手としているが、この時ばかりはそうは言っていられなかった。
誰もいなくなった『逢引部屋』に残されていたモノが、タンパク質の大きな塊と水たまりだったからだ。
厳密には、娼婦ナナレレの死体だった代物らしい。分解しそこねたと思しき爪がタンパク質の中から小指ごと見つかって、それには先刻、先輩の娼婦が己の爪彩を分けて塗ってやった絵柄が描かれていたらしいから。
それを知った娼婦達はことごとく吐いた。ゲイブンが慌てて水を運び、吐瀉物の後始末をした。彼は、たまたま遊郭で働いていた日に新入りのナナレレと出会っておらず、彼女達ほどの衝撃を受けずに済んだが……これで一度でも顔を合わせていたら彼も吐いていただろう。
勿論、彼も震えと恐怖と悲しさは止まらなかったが、ぐっとそれを抑えて、ショックのあまりに熱を出した娼婦達の看護に献身的に当たっていた。
それしか今の彼には出来なかったから。
「恐らく固有魔法によって殺されたか、殺された後で死体をあの形へ処分されたのでしょう」
殺人犯の似顔絵を描くために情報を集める際に、冷淡な態度で調査員はそう告げた。




