第63話 迷惑客
娼館『フェイタル・キッス』には幾つかの不文律がある。『果物』と娼婦が言ったら、どれほど興が乗っていてもすぐに戯れを止める事はその主たる物だった。『嫌だ』『止めて』では娼婦が本当は喜んでいると勘違いする頭の悪い男もいるためである。
その点、ロウはとても理想的な客だった。財布が肥えた客では無かったが、娼婦に強要する事は一度もなく、売女と蔑む事もなく、戯れも淡泊で、残り時間はのんびりと娼婦と会話を楽しむ事がほとんどだったからだ。
「それでさァ、そのお客ときたらバアッと金貨をばらまいたんだけれど。すごく嫌なお客で、あたい達が戯れているのを見たいとか言い出して……」
寝台の上で寄り添って横たわりながら、お互い旧知の仲の娼婦は愚痴をこぼす。
「それは嫌な客だな……」
ロウは少しまどろんでいたが、飛び抜けた変態の話を聞かされて相づちを打った。
「だろう?仕方なしに女同士が寝台の上で戯れたけど、脂ぎった顔をして近づいては覗き込んでさ……やれ下手くそだなとかもっと色っぽく喘げとか……息が臭い癖に言うんだよ」
「よくマダムが追い出さなかったものだ」
「まだ『果物』程じゃ無かったからねえ。だけどほら、もう、みんな冷めちゃってさ」
「無理からぬ事だよ」
「でさ、実は。他にも、もっと嫌な客がいるんだよ」
「何だと?」ロウは少し目が覚めた。「もう分かっているだろうが、そう言う変な客は一度でも味をしめると調子に乗るから、気を付けろよ」
「それがねえ、最初の来店で『果物』って事になってね……」
「……それは、また。疫病神が来たな」
「気前よく金貨をまき散らす、一応は大金持ち様なんだけど。あんなの冗談じゃないよ。部屋に入ってほんのちょっとで『果物』だったらしいもの」
「酔っ払ってではなく、来て早々にか?相当に溜まっていたんだろうな」
「ううん。来た時にはもう酒臭かったし、仕事か何かが上手く行かなかった苛立ちをあたい達にぶつけている感じだった」
「おい……まさかその客、また来たりしていないだろうな?」
「やだロウさん、大当たり!今も右隣の部屋にいるんだよ。しかもあの暴力男ったら今度は新人のナナレレに指名を入れたんだ。マダムもナナレレに『果物』についてもう一回教えていたよ」
ロウはいきなり娼婦の腕をほどいて、むくりと寝台から起き上がった。
「マダムに知らせて、『番人』を呼んだ方が良いかも知れないぞ」
「どうしたのさ、ロウさん!?」
「実は、右隣の部屋がさっきからやけに静かなのが、気になっていたんだ」




