第61話 異物は真珠の核になる
『可哀想』で『気の毒』だと、オユアーヴは初めて自分に対して悲惨さを覚えた。
美しいものから遠ざけられ、もう触れる事も叶わないのだ。
己の中にあった、芸術作品を作り出し生み出す事でのみ輝いた魂の神髄が土足で踏みにじられて、唾棄されたも同じだった。
オユアーヴは人生で初めて酒に溺れた。酔っ払ったまま『黒葉宮』に初めて顔を出した時には、第十二皇子を罵倒して不敬罪で処刑されようとも考えていたくらいだった。
「おい、いるか!」
オユアーヴは挨拶もなしに黒葉宮の扉を開けてずかずかと奥まで踏み込んだが誰もおらず、代わりに地下室への扉が開いていたのでそこにも無遠慮に入り込んで――驚愕した。
「これは……!」
「騒がしいぞ」
背後を振り返ると、車椅子に乗った少年がいた。
(これはどう言う訳だ)
オユアーヴは声を抑えて訊ねた。
(どうしてここに作業設備がある?)
最新式の炉に井戸もある、燃料から道具に薬剤まで全部一式――驚いた事にインゴットまであった。
(僕と契約するならば、この作業施設をお前にくれてやる)
喜んでと普通ならば答えるだろうが、そこはオユアーヴなので感情はそれほど動かず、ただ己がもう一度美しいものに、芸術作品に触れられる事に密かに狂喜しただけだった。
(何を打てば良い?)
(銃だ。二丁拳銃。最大の火力を実現する、最強最高の武器を作れ)
『銃』と言う武器をオユアーヴは知らなかったが、詳細な絵図を渡され、説明を受けた。
「本来は『火薬』を爆発させた力で鋼の弾を放つ武器だが、僕はその代わりに魔力を使った魔弾を放つ」
「ふむ」
「魔力を何度でも圧縮し放てる充分な強度と、近接戦でも使える頑強さと――」
――試行錯誤を半年ほど繰り返して、オユアーヴも会心の出来上がりとなったのが『シルバー』&『ゴースト』だった。
「オユアーヴは『真珠』なのだな」
第十二皇子のテオドリックは彼をそう評した。
「真珠?……あの白かったり黒かったりする宝石の?」
どう言う意味だろう、とオユアーヴは不思議に思った。するとテオドリックは、
「あれは元々、貝の中に石のような異物が入り込んだのを、何年もかけて貝が分泌するあの白い膜で覆って出来たものだ。オユアーヴは昔こそ異物だったかも知れないが、既にこの世界が冶金と言う真珠の膜を与えている」
その言葉は、すとん、とオユアーヴの中で真っ直ぐに腑に落ちて、良い鋼を鍛えた時の様に鋭く美しい音を立てた。
己だけ真っ黒のまま純白の世界でぽつねんと佇んでいたあの過去を、どれほど馴染みたくても異端でしかいられなかった孤独を、義理の両親の死さえ悲しめなかった罪悪感を、彼はようやく一つ一つ受容できて、その上で芸術作品を何処までも追い求めたがる己の性を他者から肯定されたように感じた。
そうだ、真珠は美しいものだ。
視界がぼやけた。
嬉しいとも悲しいとも分からない思いがこみ上げて涙としてこぼれた。
「俺は真珠になっていたのか」




