第58話 それは美しい、この世に無いほどに
『合体』と言う固有魔法をオユアーヴは使える。異なる金属を貼り合わせたり、鍍金を施したりする時に彼は駆使していたし、ただの鉄を精錬し炭素や酸素を適切に含ませる時、合金を作る時にも存分に発揮していた。
そうやってオユアーヴが鍛えた武器は、剣も槍も何もかも性能が違った。切れ味は申し分なく、折れない、曲がらない、欠けない。鋼なのかと疑うほど軽く、そして美しい。華美な装飾は無くても、鋼の色の輝き、それだけで何時間でも見とれるような趣と奥深さがある、と。
威風堂々としたまるで帝王のごとき覇気を放つ大剣から、繊細さと柔らかさと温かみを持った婦人用の護身のための短刀まで、彼は注文に応じて自在に鍛え上げ作り上げた。
その彼の名声が『帝国一の名工』として密かに高まったのは、その時は「赤斧帝」の皇子の一人であったヴァンドリックが、難しい剣の注文を入れた事に応えた時である。
『剣が欲しい。単に人を斬り敵をなぎ払うための武器では困る。天下万民に至るまでの安寧と帝国の末永い繁栄を神々へ祈り、御加護を賜るための儀礼剣を打て』
――それはとても美しいものだろうとオユアーヴは直感した。『赤斧帝』の暴政のため天下は荒れ、戦争が起き、処刑される者が絶えず人々は嘆いている。この世界に今はない美しいものを、かの皇子は求めているのだ。
気づけば彼は無我夢中で一振りの剣を鍛え上げていた。簡素な拵えに刀身に皇太子の注文の言葉をそのまま陰刻しただけの、皇族に見せるにはあまりにも素朴すぎる剣を。
「何だと!」
その話を耳にしたソーレは当然ながら激怒した。
「それでは話にならん!私が打つ!」
宝石と金銀を隅から隅まで鏤めた華麗な一振りの剣を、うやうやしく赤いビロードの布に包み、謁見用の衣装に身を包んだソーレは皇子ヴァンドリックの前に進み出た。
「偉大なるガルヴァリナ帝国のご聡明なるヴァンドリック皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しく、ご健勝であらせられる事を……」
長々しい口上を述べようとすると『賢梟のフォートン』が遮った。
「それより頭領、殿下がご注文の品を持ってきたのであろうな」
「はっ、ここに!」
赤いビロードの布から現れた絢爛豪華な剣は照明の光を受けて燦然と輝いたが、皇子は無感動な顔をしていた。金銀宝石にまみれたものなら彼は見飽きていたのである。
――と、謁見室の外が何やら騒がしくなった。
「何事だ!」
問いの声を放った『賢梟のフォートン』の元へ親衛隊の兵が参じて、
「御印工房『インペリアル・ブラック』の職人の一人が殿下にご覧頂きたい剣があるらしく、揉めております!」




