第55話 一生涯の恩人②
「これを……見……あの……やはり………………で…………間違い……」
「でしたら………………穏やかに…………このまま………………」
仕上げたカミソリをタンドンに渡して、オユアーヴは腹一杯の雑炊を食べるなり気絶するようにして眠ってしまった。その傍らで義理の両親が何か話している気配がしたものの、よく聞こえなかったし、その内容に興味も無かった。
翌日起きると、ディナが彼の側にいた。この貴族の夫人は穏やかな顔をして彼に告げた。
「オユアーヴ、貴方は金属加工の職人におなりなさい。昨日のカミソリは素晴らしい仕上がりでしたから」
その瞬間に常に異物で異端だったはずの彼の世界が、目映いほどの極彩に色づいた。
「いいんですか」
ええ、とディナは頷いてから、
「おまえには徹底的に金属加工の技術を教え込みます。旦那様は工房においては中途半端と怠惰を決して許しません。態度が悪く、制作したものの出来が気に入らなければおまえを罰する事もあるでしょう」
「あのうつくしいものにさわっていいのなら、おれはむちでぶたれてもいいです」
それからは毎日、毎晩のようにクォクォ家の若手の職人の中に放り込まれてオユアーヴは徹底的に鍛えられた。分厚い教本を使った座学もあったし、実演を見る事もあった。
若き鬼才、と言うのがクォクォ家で研鑽を積んでいた職人達が抱いた、オユアーヴへの評価である。
タンドン自らが金属加工の基礎知識を教え込むと、その全てを目の色を変えて貪欲に吸収しようとする。とても子供とは思えない暗く熱のこもったような目をするので、不気味がる職人もいた。
クォクォ家に所属する若い職人は腕前も良かったが、血気盛んで上昇志向も強く、時には取っ組み合いの暴力沙汰になる事もしばしばだった。が、オユアーヴは彼らを全く相手にしなかった。
この世で唯一、彼が心を動かされるのは、美しい鋼をより美しく鍛えているその時だけだったのだ。
もっともっとと――貪欲に鋳金、鍛金、彫金、鍍金の冶金の技法を教授されては吸収し、足りなくなって盗み、ことごとく我が物にして――クォクォ家の養子になって15年が過ぎる頃には、大貴族から名指しでオユアーヴに剣を打ってほしいと依頼が来る程の腕前になっていた。




