第54話 一生涯の恩人①
高貴なお方は、何と御印工房『インペリアル・ブラック』の代々の頭領を務めるクォクォ家の夫人ディナ・クォクォであった。
「旦那様、この幼子を私の養子にしたいのです」
クォクォ家の当主タンドン・クォクォは、薄汚れて涙と鼻水まみれのオユアーヴを見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「一体どうして……」
「『オユアーヴ』はくせ者でございます、後ろから見るとその価値が分かりまする」
「後ろから?……あっ!」
何かを察したタンドンは、すぐに召使いにオユアーヴを風呂に入れてから、食事と服を与えるように命じた。
オユアーヴはそのままタンドンとディナの養子になった。
貴族が平民から養子を迎えるには、まず田舎貴族や貧乏貴族に見返りを与える代わりに戸籍を用意させ、そこから縁組みしたと言う体裁を取る形式が二割だ。残りの八割弱については、官僚試験を優秀な成績で突破した者を婿または嫁として一門へ迎え入れる事例がほとんどである。
オユアーヴもその手順に則って、クォクォ家の工房へ身内を修行に出したい田舎貴族の養子にされてから、タンドンとディナの養子として迎え入れられたのだった。
「これを研いでご覧」
ある日、タンドンはそう言ってオユアーヴに、まだ仕上げていない貴人向けの小さめのカミソリを渡した。
「はい!」
研ぐ事に集中するあまり、オユアーヴは丸一日食事も摂らなかった。
爛々と光らせた目が、次第に美しくなっていく鋼に映し出されていた。




