第51話 深手と下知
――ギルガンドが意識を取り戻した時には、既に帝国衛生局の本部の中――それも皇族しか普段は使用を許されない特別治療室の清潔な寝台の中だった。
「よう、起きたか」
斜に構えたハスキーな女の声に――何があったかを思い出して飛び起きようとしたが、それが出来ないほどの内臓の激痛に、ぎりり、と歯を食いしばる。
「あーあー、その怪我で動こうなんて死にたいのか?今は止めとけ。皇太子殿下御自らが、お前の事情聴取をなさるとおっしゃっているんでね」
「しかし、私は……!」
棒付きのあめ玉を加えながら、その女医は焦って足掻くギルガンドを冷笑した。
「おい、今日が何日だか分かっているか?お前の母親の命日だ」
「は……?」
――血反吐を吐いて死ぬはずの日に、彼は無事に生きている。
「皇太子殿下も驚かれていたよ。アニグトラーン家にかけられた呪いが綺麗さっぱり消え失せているとね。それもあって、御自ら事情聴取なさりたいそうだ」
「………………『シャドウ』」
「はあ?」
蛾眉をひそめた帝国十三神将が一人『裂縫のトキトハ』に聞かせるでもなく、ギルガンドは呟いていた。
「私は……ヤツに命を救われたのか」
「……信じられん。が、其方はこんな事で嘘を言わぬともよく解っている」
全ての報告を聞いた皇太子ヴァンドリックは深くため息をついた後、ギルガンドを見据えて肯いた。
「現実に一人、精霊獣を従える者が我らがガルヴァリナ帝国に仇なす者となっていた、親衛隊にさえ神の血雫が蔓延っていた、その者らの協力で『赤斧帝』は脱獄した、『シャドウ』は精霊獣とも固有魔法とも付かぬ謎の力を持っている……」
「『赤斧帝』が脱獄したのは単に私の責任です。どのような処分も――!」
「ギルガンド」
皇太子の呼びかけに、驕慢にも己の処刑を願っていた武官は黙する。
まるで凪いだ大海のごとき、穏やかだが何よりも力強い一声だったから。
皇太子はギルガンドの強く激しい驕慢さをもその大きな海の中に内包する、度量の深さを持っている。
これが彼らの君主、ガルヴァリナ帝国の未来の帝たるべき男なのだ。
「今回の事でよく解った、『シャドウ』は我らとガルヴァリナ帝国の敵ではない。『シャドウ』の正体と、何を目的としているのかを引き続き追い、突き止めるのだ」
「はっ――!」
命を告げながら、ヴァンドリックは思っている。ギルガンドが常に正しくある事を願っている。
現実には正しく出来ない、正しくはいられない時の方が圧倒的なこの世の中で、その願いだけは決して捨てないでいて欲しい、と。




