第46話 dilemma②
だが、ある日思いがけない事から可能性が見えた。ギルガンドの叔父の一人が、『次は己かもしれない』と追い詰められて、『せめて穏やかに終わりたい』と自ら毒をあおってしまったのだ。――この日から3年の間、一族から呪われて死ぬ者はいなかった。3年後のまさにその日に、ギルガンドの祖母が呪われて死ぬまでは。
アニグトラーン家は話し合った。話し合いは3月にも及んだ。
その結果が、年老いている者から3年ごとに毒をあおる、と言う一族の延命のための非情な決断だった。
血縁者になれば呪われて死ぬとなれば、アニグトラーン家と婚姻関係を結ぶ者はもはやいなかった。己は無事でも産まれた子が間違いなく犠牲になるのだ。どの家でさえ顔を青くして断った。
その様な事情もあって、ただただ減っていくだけの一族を少しでも長らえるために。
今から3年前にギルガンドは母を看取った。一族を次々と失うしかない心労がたたって、最後は痩せ衰えて白髪になった母が毒をあおる有様を何も出来ず見て、その手が冷たくなるまで握っていた。
その亡骸を埋葬した後。
もはやアニグトラーン家にはギルガンドしか残っていなかった。
『実際にアンタは胃が悪い、無自覚らしいが。口臭に、内臓が弱った者特有の臭いが混じっているからな。一度医者に診て貰え』
ロウと言う男、貴族の情報までは詳しく無いのだ。アニグトラーン家が呪われている事は隠されていないのだから。――違う。呪いに関わる事を恐れるがあまり、情報を暴露するはずの者達が、もう私を除いてこの世にいないのだ。
正しくありたい、とギルガンドは思う。母の今際の際の願いくらい叶えてやりたいと願う。どの道己も長くは無いのだ、徹頭徹尾正しいまま終わりたい。いくら驕慢だと疎まれようが、いくら傲慢だと影口を叩かれようが、己が終わる時はもうすぐそこまで、夕日が沈みかけて夜が近づいているがごとく間近にまで来ている。
だが、この世界は何もかもが正しくない。正しい事即ち良い事であった試しが無い。不平不満は何処からも湧いてくるし、不平等で差別にまみれていて、理不尽と悪こそがまかり通る。弱者が被害を受け頭の悪い強者がのさばり、いつだって何処だって汚くて醜くて浅ましい。
それでも、それでも、と半ば藻掻くようにギルガンドが思いながら――滅廟の深部に突き進んでいた時だった。




