第45話 dilemma①
アニグトラーンの家には一つの呪いがかけられている。『直系の一族が必ず早死にする』のだ。ギルガンドの父も、母も、祖父も、祖母も――又従兄弟までの血縁関係があった者は、既にギルガンドを残してこの世にはいない。
「赤斧帝」「善良帝」の父にして先々代の帝に当たる「乱詛帝」は精霊獣「パペティアー」を従えていた。
「スキル:インプリケーション」を自在に操り、後世には「呪いの傀儡師」とまで呼ばれた精霊獣である。この「乱詛帝」も「赤斧帝」同様の暴君であった。気に入らない者を虐げ苦しめるべく、呪い殺す事を一番に愛好した。
――若干、赤斧帝と違っていたのは、この陰湿な男は、民衆だけには手を出さなかった。
この男の心に民衆への慈悲や優しさがあったからではない。
陰湿なこの男は、気に入らない貴族や皇族に冤罪をかぶせては処刑場に連れ出し、噂に扇動された民衆によって石をぶつけられるのを見て何よりも喜んだのだから。
「人の心は、暗闇ぞ、暗闇ぞ!この世の邪悪が煮詰まった地獄の釜底ぞ!」
人心を弄んでは狂喜する……この「乱詛帝」も、歴代の暗君がそうであったように佞臣を重用し悪人の宦官と悪女ばかりを周りに侍らせた。
――当然ながら世は乱れた。戦乱が続いた上に、冷害による大規模な飢饉まで発生したのだ。
この時には皇太子であったケンドリックが立ち、「パペティアー」と「乱詛帝」を討ち、その傀儡であった佞臣共も退けて、帝位に就いた。
心ある貴族や皇族は彼に味方した。
中でも、アニグトラーン家の当主だったギルガンドの祖父は目覚ましい功績を挙げた。
「乱詛帝」の首を刎ね、ケンドリックと「タイラント」が「パペティアー」を撃破する絶好の好機を作り出したのだ。
……しかし、その代償はあまりにも大きかった。
「呪いを受けよ!報いを受けよ!我が呪いで何もかもを根絶やしてみせようぞ!」
首だけになっても「乱詛帝」は呪詛の言葉を吐いたのだから。
ギルガンドの祖父はその三日後、いきなり血を吐いて倒れ、そのまま絶命した。次の年には遠く離れた国境近くの砦に司令官として赴任していた祖父の末弟が亡くなった。部下達と酒を飲んでいたら、血反吐を吐いて即死したのだ。毒殺でも病死でも無かった。
検死に当たった治安局と浄化局の者は絶句した。
彼らの体内が、謎の黒い植物によって惨く破られていたのだから。
それから一年おきに、彼の一族で血が近しい者は一人、また一人と体内を黒い植物に侵されて死んでいった。男も、女も、老いも、若きも、無差別に。
彼の一族全員が決死の思いで、受けた呪いをどうにかしようと手立てを探ったが――精霊獣の『スキル』が一度使われると、同じ精霊獣でもそう簡単には解除できる代物ではない、と言う無情な事実が分かっただけだった。




