第41話 証拠の臭い
『赤斧帝が幽閉された「滅廟」が……平民の間で「縁切り廟」と近頃になって呼ばれ始めている。どんな悪縁でもスッパリと切ってくれると評判なんだ』
ロウがそう伝えると、ギルガンドは指で板張りの座席を叩いた。
『確かに参詣者のような平民がちらほらといたが、怪しい動きは無かったぞ』
『……平民じゃない。彼らは「噂の伝播に使われた」に過ぎないんだろう』
ギルガンドの形相が変わる。
『実は、貴様が来る前日の事だ。俺の馴染みの娼館の主が、「神々の血雫」をまた娼館に持ち込んだ客がいたと俺に相談してきた。あまつさえ娼婦に着けさせようとしたらしい』
『誰だ』
『遊郭の「番人」がたたき出した時に、これを落としたそうだ』
そう言ってロウが見せたのは――。
ガルヴァリナ帝国軍の中でも最精兵だけが選ばれる、『親衛隊』の徽章だった。
『偽証のためにわざとやったのだろう!?』
ギルガンドが焦っている。皇族の警備を務める事もある親衛隊所属の兵士がヴォイドに関係していたなんて、最悪の事態以外の何者でも無いからだ。
『俺もその男の残り香を嗅いだ。娼館の主から治安局へ通報すべきかどうか迷っていると打ち明けられた時に、体液まみれの敷布まで全部嗅いだんだ。
この世に治安局を倦厭しない娼館はない。だが事が事だ。1週間で俺がその男の正体を突き止められなかったら、証拠一式を持って通報するように俺は頼み込んだ』
……それで、オレ達がその客を追跡・撃破するべくゲイブンと入れ替わっていたのだ。
『何の証拠があって確信した!』
『煙草』
『!』
『初対面のアンタから漂った煙草の臭いが、あの娼館で嗅いだ残り香の中にあった。俺の妹は帝国城で文官として働いているから、城で流行っているのを少し融通して貰ったがどれも違う。一般には出回っていない代物らしい。となれば軍用だろう。しかし俺では高等武官向けのお高い煙草なんて手に入れられなかったから、今まで特定出来なくて困っていたんだ。アンタは喫煙していないようだし……食堂辺りか?』
ギルガンドは腕組みをして馬車の天井を見上げた。しばらく黙ってから、
『……あの銘柄の煙草を愛飲しているのは、「親衛隊」の中でも三人しかいない。そして、先月から高等武官専用の食堂は完全禁煙になっている』
ロウの血相も変わった。
『それはどう言う意味だ?』
『食堂で乱闘騒ぎがあったのだ。痴れ者共が……不躾にも料理長の見ている前で食器を灰皿扱いした事がきっかけだ。もう貴様なら分かっているだろうが、その三人こそ――』
『……。その銘柄の煙草に、ヴォイドの分泌物を仕込まれたか、あるいは当人達が……』
『ヴォイドに成り果てたのだろうな』




