第39話 守りたいもの
ロウごとゼーザ家を切り捨てて母親はさっさと大貴族の妾になり、まだ子供だったが財産の相続権を持っていたロウが急ぎゼーザ家の全ての資産を貨幣に換え、それまで働いてくれていた者の退職金にした。紹介状は書けなかった。書いたところで元主がヘルリアンにされたと知ったら、また失職しかねない。別れを惜しむ余裕も無かった。穴が空いた泥船から一刻でも泳げる者を逃がさねばならなかったから。
ロウが『赤斧帝』を恨み、憎み、仮に残虐に殺したとしても誰にも止める権利はない。父親をヘルリアンにされた、と言う事はそれだけの過剰報復をしてもこの世の人の心情的には許されてしまう事なのだ。
――唯一の救いはその時に逃がした者がユルルアちゃんの実家で新たに雇われた、その縁からロウに繋がり、そして試験費用を賄えたクノハルが殿試を突破できた事だろうか。
「ロウさん……でも、クノハルの姐さんが……」
オレ達が細い声で言うと息を詰まらせて、分かっている、とロウは呟いた。もう一度、分かっている、と繰り返した。
……きっと、ロウがどれほどの恨みに囚われていても、クノハルとクノハルの生活を壊す事だけは出来ない。兄が妹を愛すると言うよりも、ロウはクノハルの親代わりなのだ。
「ただ、確認は……したい」
「何の確認だ?」
いぶかしむギルガンドにロウは言った。
「『赤斧帝』と『タイラント』の幽閉の確認だ」
「それなら既に私が行ったと言っただろう!」
「俺は、目が見えない。代わりに人の体臭でソイツが昨日と今日に何を食べたか、体調がどうなのかくらいは分かる。
――今朝は親子丼。半分は麦飯のな。飲んだのは野菜の絞り汁、それと麦茶。帝国城の武官向けの食堂でも大人気の献立だと聞いている。小腹が空いた時、煎った煮干しも食っただろう?」
ギョッとした顔をするギルガンドに、ロウは軽い口調で言った。
「まあ、こんな所だ。……案外、気づけるかも知れないぞ?」




