第38話 月光の禁忌
「そうだ、この私が直々に封印を確認した。警備体制にも異常は……おい、何処へ行く!」
ロウはオレ達の手も振り切って凄い勢いで歩き出した。呼び止めたが無視されたギルガンドが瞬間移動のような速さで空を飛び、ロウの前に降りたって肩を掴む。
「おい貴様!この『閃翔のギルガンド』を無視するとは良い度胸だな!」
「放せ」
様子がおかしい。
殺気立っている、と言えば良いのか。ロウのいつもの冷静さが突然消えてしまった。
パーシーバーがロウの足に叫びながらしがみついている。
『駄目よロウ、落ち着いて!落ち着いてったら!気持ちは分かるけれどそれは駄目よっ!』
「ろ、ロウさん、どうしたんですぜ!?」
「なあ、ゲイブン」驚いて駈け寄ったオレ達に、ロウは目を開けて白濁した眼球を指さして見せた。「いつかお前が結婚し子供が生まれた時……その子が盲目だと分かったらどうする?」
「そ、それは……っ」
「俺の場合、母方も父方も、親族全員ですぐに殺せ、それが出来なければ捨てろと言った。母親はこの目を見て気持ち悪いと叫んだ、後は幽霊扱いだ。親父だけだった、俺を育ててくれたのは」
「ろ、ロウさん……」
「『盲目だから』なんて理由では一切容赦して貰えなかった。だが『盲目だからこそ』と徹底的に教え込まれたモノは、全て今も俺が生きるための血肉になっている」
いつものようにロウは目を閉じて、杖を強く握った。
「『赤斧帝』がやろうとした愚かな戦争を諫めた時には覚悟は出来ていた、親父はそう言う男だった。――だが、まさか亡骸まで晒し者にされるとは思わなかった!」
……この世界には、一つの禁忌がある。
『どのような罪人であろうとも骸を晒し者にしてはならない』
ガルヴァリナ帝国ではこの禁忌を守るために帝国浄化局が創設されており、関連する法律も整っている。
『もしも野ざらしの骸を見つけたならば可及的速やかに帝国浄化局へ通報し、指示を仰ぐように』
魔力を有する者が死んだ後、その遺体が月光を浴び続けると、普通なら魂の喪失に伴って消えていくはずの魔力がじわじわと蓄積してしまい、やがてゾンビのようにうごめく屍『ヘルリアン』になってしまうのだ。
このヘルリアンになると、動く者を手当たり次第に攻撃するようになり、魂は無限地獄に堕ちたと見なされる。
ヘルリアンに堕とされる事は、この世界の中で――どれほど残虐な拷問や惨い処刑方法よりも、恐怖の対象であり忌み嫌われる禁忌なのである。
親類縁者や身内からヘルリアンが出たともなれば、周りから一族諸共が差別対象にだってなりかねない。
……事実、それでゼーザ一族も没落した。




