第37話 地獄門は口を開ける
「やはり貴様もこの噂を聞いた事が無さそうだな」
何らかの含みがある言い方だった。ロウがぽつりと口にする、
「これでもそれなりの情報通を自負していたが、どうやら俺の思い違いだったらしい……」
ギルガンドは、貴様が情報通かどうかは知らんが、と鼻で笑った後、真面目な顔をした。
「これは、基本的に『ヴォイドに自ら成り果てる危険分子』にしか伝播しない法則性を持つ噂だ。逮捕した売人共や関係者を徹底的に尋問して得た情報を精査して、ようやく突き止めた」
『何ですって……!?』パーシーバーが形相を変えている。『それは、人の固有魔法じゃ無理よ!拡散したであろう範囲も、効果の持続時間もきっとそうだけど――何より圧倒的に魔力が足りないわ!それに――』
ロウの顔色も変わった。オレ達も引きつった顔をしていたと思う。
待てよ、それはまるで――。
「『赤斧帝』が使った『粛正』の手口そのものじゃないか!」
かつて『赤斧帝』がガルヴァリナ帝国の皇帝として君臨していた時。
己にとっての反乱分子や危険分子を特定し、好き勝手に虐殺するべく『赤斧帝』が考案したのが精霊獣『タイラント』の『スキル:インフルエンス』を使ったやり口だった。
本来は『周辺の人に少しずつ影響を与えて変化を促す』と言う、大勢の人を従えねばならない統治者にとってとても有用で有能なスキルだったのに、これを逆手にとって『多少の影響を与えても変化しない人間をあぶり出す』事に使ったのだ。
最初に、帝国全土の全ての税金を跳ね上げるだの、200年以上問題なく落ち着いていた国境地帯を侵略するだの、細かいところでは特定の人物に対する悪意ある噂を――これでもかと周辺の人間に流布する。
次に、その噂がしっかりと浸透するのを待つ。
魚が網にかかったと確信したら、『タイラント』に命じてその噂に対して『染まっていない者』を選別させる――。
……これを毎日のように繰り返したのだ。
処刑場に連行される人間が長蛇の列を作り、墓穴掘りの人手が足りなくて、遺体を野辺で焼いて灰を川に流す事さえあった。貴族も、皇族さえも処刑された。未成年も大人も無差別だった。戯れに「赤斧帝」自ら処刑する時もあった。ここまでする必要があるのか、と残忍で有名な処刑人でさえ涙を流した。法律は当然のように機能しなくなった。
そして「赤斧帝」に媚びへつらう佞臣や私利私欲にまみれた宦官、傾国の悪女が帝国城にはびこった。まともな官僚や貴族は息を潜め、今日その日生き延びるだけで必死だった……。
ロウの父親アウルガも、その中で真っ先に殺されたのだ。本来ならば『名誉と尊厳ある死』を賜るはずの高等武官――第一等武官だったのに、処刑場で見せしめとして……。
……ロウはわななきながら、口にする。
「あの暴君は厳重に封印されたはずだ、『タイラント』と引き離されて」




