第34話 遅かれ早かれ
『よろず屋アウルガ』の表口の扉を蹴破るようにしてその美丈夫が足音も高く登場した時、オレ達は運が良いのか悪いのか――丁度オレ達の身代わりとしてゲイブンが帝国城の黒葉宮にいて、オレ達がよろず屋の方にいたのだった。
「薄汚い所だな!」
カツカツと軍靴の音を立てて入ってくるなり、その武官は大声で言った。
「それは済まない、不精者だから掃除は助手に任せているんだ。それで何の依頼だ、高等武官さん」
その武官は、すっと腰に下げた軍刀に手をかけた。
「……貴様は盲目ではなかったのか?」
「見えないから音と匂いで判断したんだ。貧民街の人間は娼婦でもなければ毎日風呂には入れない。足音は武官に平時に支給されている軍靴の音。戦時の軍靴は装飾が無くて歩いても音を立てないようになっているからな。ついでに足音の間隔から大体の歩幅を、歩幅から身長を想定できる。今日は風が強いから少し埃っぽいのは……軍用外套の所為か?あれの平常時の着用を許されているのは高等武官だけだったはずだ。声も発声訓練を受けた武官特有の大声で、帝国の地方にある訛りが無いし、貧民街特有の抑揚もない。とすると帝都の貴族階級の出身だろう。高等武官は貴族にとって出世街道の一つだ。
他にも特定できる要素は色々とあるが……この辺りで良いか?仕事で使う方法は企業秘密で、これ以上は話せないからな」
『……そうよ、この可愛いパーシーバーちゃんと「シャドウ」の存在は絶対にバレちゃ駄目なのよ』
ロウが注意を引きつけてくれている。
パーシーバーだけでなく、オレ達もここにいると露呈したら大変にまずいからだ。
だって、この高等武官は!
「……ふん。私こそが帝国十三神将が一人、『閃翔のギルガンド』だ」
「……こりゃまた、詐欺か幻聴かと思う程の大物だな。何でここに来た?」
ロウの冷静さが頼もしい。
このギルガンドと言う男、どんな人物なのかは有名だった。
帝国十三神将の中でも『峻霜のヴェド』と双璧を成す強さを有するが、恐ろしく驕慢、傲慢、ワガママで、皇太子と皇太子妃の言う事しか聞かないし従わない。
『善良帝』にだって不敬な態度を取るし、相手が誰だろうとズケズケと物を言うし、それを咎める同僚達ともよくぶつかって険悪な事になる。
だが、弱者や貧者を八つ当たりで虐待したりはしない。卑劣な事も普段は嫌う。己の強さに絶対的な自信があるからだ。
要するに『分かりやすい』し、『分かっていれば扱いやすい』男なのだ。
「フェーアとか言う娼婦の居場所を知っているだろう。ヴォイドになったと言う報告を受けた。ここで匿っているらしいな。何処に居るか案内しろ!」
「……分かった、案内しよう。ゲイブン、一緒に来てくれ」
「へ、へい!」
「その小僧は?」
鋭い視線で睨まれるが、ロウが庇ってくれた。
「俺の助手だ、ヴォイドでも怪しい者でもない」
「……確かに見たところではヴォイドで無さそうだ」




