第33話 残酷にして慈悲深く
『我ら……精霊獣には「ステータス」と言うものがある』
「人で言う所の筋力、知力、体力、反射能力……そのようなものだと『オラクル』は言っていましたわ」
そこにやって来た皇子妃ミマナも、つい先刻までヴァンドリックにしだれかかって酒池肉林の中を奔放に遊んでいた姿は何処へやら――質素だが高貴で品の良い格好をしていた。
しずしずと彼女も麗しくも粛々とした精霊獣『オラクル』を連れて歩いてくると、盟主にして君主ヴァンドリックの前で跪く。
『……私達の主要なステータスは8つ。体力、精神力、攻撃力、魔力、防御力、知力、速さ、そして運命力です。
体力は精霊獣が具現化できる時間の長さに繋がり、精神力は精霊獣がその力を振るう時の長さに繋がり、攻撃力は物理スキル、魔力は魔法スキルに……防御力は物理スキルに、知力は魔法スキルに耐える力に比例します。速さはそれぞれの攻撃スキルの回避に繋がり、運命力は攻撃スキルが「クリティカル」という痛烈な一撃に変わる確率に直結します』
オラクルが説明すると、ロードが続ける。
『我のステータスは平均的だ。長けた所もないが、引けを取る所もない。そしてオラクルのステータスは戦う力が低い代わりに精神力と知力が一際高い……。
一方、タイラントはステータスの全てを攻撃力に特化させている。故に、あれほどの殺戮と破壊を容易に行えるのだ。あの攻撃力による一撃に耐えうる者は……精霊獣でもいないだろう』
情報を得て、どうすべきか十三人が意見を出し合う。
「それならば、タイラントが具現化できなくなる時間まで誰かが攻撃を躱し続ける……と言うのは」
「一撃でも当たれば、絶命するであろう。誰が引き受けるのだ、大勢でも危険だぞ!」
「――でしたら、罠にかけると言うのは如何でしょう」
ミマナが少し考えて、口にした。
「罠……?姫様、どのような罠でしょうか?」
「どれほどの攻撃力があろうとタイラントは一匹だけ。ですがこちらにはロードとオラクルがいる。ロードとオラクルが力を合わせてタイラントを誘引し、一人きりになった『赤斧帝』をあなた方で捕らえてしまえば宜しいのです」
本当に恐ろしい女だ、とそこにいた誰もが内心で舌を巻く。
――この若さで魑魅魍魎うごめく帝国城の後宮に君臨して、あの伏魔殿の有象無象をまとめ上げただけの事はある、と。
単に彼女の身分が生まれついて高貴だった、美女だ、およそそれだけで為せる事ではない。
当然のように頭は怖いくらいに回る。普段から目下の者にも慈悲深く、誰に対しても気遣いが細かい。流血沙汰は可能な限り回避しようとするから、美しく優しい女人だと一般には思われている。
しかし、いざとなればこのように微笑みながら躊躇なく謀計を巡らせられるし、情では無く理に則り人の処断も出来るのだ。そしてそれに欠片も罪悪感を抱かないし気負う事もない。
己の中に慈悲の手弱女と謀略の悪女と裁きの女神を同時に存在させつつ、それに微塵も矛盾を来さない――それがこの皇子妃ミマナと言う女である。
ヴァンドリックがとても小さな声で呟いた。
「君が……私の敵でなくて本当に良かった」
優美に、淑やかに微笑みながら、彼女は答えた。
己が幾程の対立要素を抱えようとも破綻しない、ただ一つの理由を。
「まあ殿下。私が殿下の敵になってしまうのは、殿下が他の女性に隠れて二心を抱かれた時だけですわ」




